ファイナンス 2022年6月号 No.679
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*30) 洪恵子『国際協力における双方可罰性の現代的意義について(1)(2)・完』三重大学法経論叢18巻1号・2号、2000年9月・2001年2月 *31) 前掲・森下(2004)、P.141-142*32) 同法第2条「左の各号の一に該当する場合には、逃亡犯罪人を引き渡してはならない。但し、第三号、第四号、第八号又は第九号に該当する場合にお森下忠『犯罪人引渡法の研究(国際法研究第8巻)』成文堂、2004年3月20日、P.7-12いて、引渡条約に別段の定があるときは、この限りでない。」第9号「逃亡犯罪人が日本国民であるとき。」*33) 日本国とアメリカ合衆国との間の犯罪人引渡しに関する条約(略称:米国との犯罪人引渡条約)第5条、犯罪人引渡しに関する日本国と大韓民国との間の条約(略称 日・韓犯罪人引渡条約)第6条が、自国民の裁量的引渡を定める。*34) US Department of State;https://2009-2017.state.gov/documents/organization/71600.pdfファイナンス 2022 Jun. 67自国民引渡という壁も、国際的に認知されたものとして日本を含む多くの国がそれに従っている*30。ある犯罪類型を国際的に捕捉しようとした場合、各国においてまず以って当該行為を国内法によって犯罪化することが求められ、それこそが地下資金対策の礎石となる(第3章参照)。その意義は、各国自身が当該犯罪を適切に捜査・訴追・処罰することであるのと同時に、その国において何らかの事情で刑事司法上の対応が難しい場合でも、他国との協力によってそれを捕捉することができるようにすることにある。地球上のどこにも、犯罪者の逃げ場所がないようにするという訳だ。双罰性の充足は、国をまたいで法の編み目を繋げるための、重要な鍵である。我が国においては、2017年に実現した組織的犯罪処罰法におけるテロ等準備罪の新設が、人権保障との関係から大きな政治的な議論に発展した。その目的は、直接的にはこのパレルモ条約の批准の為だった訳だが、更にその背後には、上記のような大きな国際的要請があった。つまり、条約によって一定の犯罪類型を、締約国のそれぞれの国内法によって編み目を揃えて犯罪構成要件として規定させることで、各国での捜査・訴追は勿論のこと、それを前提とした司法協力をも可能にするのである。二つ目は、引渡しの対象となる範囲が確定されることである。具体的には、関連する国内法及び条約に従い、犯罪類型や対象者の属性によって、一定のものが引渡し対象から外されることとなる。典型的には、例えば政治犯については、一般にどの国家間においても共通して引渡対象から除外されている。この点、まずは犯罪者が逃亡した先の国内法(日本であれば逃亡犯罪人引渡法)がどのように定めており、それが、条約によってどの程度緩和されている、つまり引渡しが実施され易くなっているのか、という順序で考えることになる。そしてここでのキーワードとなるのは、相互性(reciprocity)である。つまり、国同士は、お互いが自国にやってくれる範囲において、相手国にも協力する、という原則である。この点、我が国を含めた、特に大陸法系の多くの国について問題となるのは、自国民の引渡しである*31。例えば日本の逃亡犯罪人引渡法は、明文で自国民の引渡しを禁止している*32。そして日本がこのような立場を取る以上、相互主義の下では他国からも引渡しを受けることはできない。パレルモ条約の関連規定も、この点までは治癒できない。よって、この制約を乗り越えるためには、他国と個別に別途条約を締結し、相互主義の下でお互いの自国民であっても引渡しの対象とする旨、約束しなければならない。犯罪人引渡に係る二か国間条約締結の効果はこれに限られるものではないが、相互に自国民の引渡しが可能になるというのは、締結の最大のメリットの一つと言って良い*33。図表4:国家間の共助・引渡しの構造(概念図、筆者作成)ところが日本は二か国間条約を、米国及び韓国との2本しか締結しておらず、自国民の相互引渡については、この第2番目のステップにおける制約が大きい。典型的には、アメリカ人や韓国人以外の国籍の外国人が日本で犯罪を起こし、母国に逃亡した場合に、我が国から当該犯罪人の引渡しを要求しても、拒絶される場合が多いと考えられる。近年では、日産元会長のカルロス・ゴーン被告が母国レバノンに逃亡したものの、我が国との間には引渡条約が存在しないため、直接の引渡しを求められない旨話題となった。諸外国の直近の締結本数を見てみると、米国の117本*34は別

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