ファイナンス 2022年6月号 No.679
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*29) 性犯罪に関する刑事法検討会「『性犯罪に関する刑事法検討会』取りまとめ報告書」2021年5月、第3(8)イ(エ)。なお、これを受けて、現在、法制審議会−刑事法(性犯罪関係)部会において具体的な制度設計についての検討が行われている。2017年に米国に引き渡された、メキシコの麻薬組織・シナロアカルテル最高幹部の、ホアキン・グスマン。本国では脱獄を繰り返したものの、米国連邦裁判所で終身刑の判決を受け、現在も服役中である。(出典:Jeso Carneiro, CC BY-NC 2.0)3. 麻薬カルテルの幹部達が恐れる 身柄引渡 66 ファイナンス 2022 Jun.共助・引渡しの国際法制係る議論が進んでいる*29。これらは、特定の犯罪類型に関して、従来から一歩進んだ行政没収的な制度を、部分的であれ実現(ないしはそれを指向)しているものとも評価し得る。新たな犯罪への再投資という形で法益侵害を再生産する犯罪収益も、理論的にはこれらの特別法の対象とパラレルな議論に値する。言うまでもなく、そのような制度設計に当たっては、適正手続の観点から、権利回復手続きや裁判所の関与の在り方等、クリアすべき論点は多い。具体的にどのような場合にそのような剥奪を認めるのか、そして、立証責任の軽減はどの程度行うのか、また、権利者からの回復申立の制度をどのように設けるのか、といった細論も、憲法規範との抵触に関わり得る問題として、慎重な検討が必要である。実際、米英両国においても、その過酷な剥奪制度の運用は、国民の財産権保障との関係で、様々な議論を呼んでいる。FATFを始めとした国際場裡においても、一部の国で先行する制度を参考にしつつ、なお時間を掛けて議論を尽くしていかなければならない、大きなテーマと言えよう。パレルモ条約及びFATF基準が重視しているもう一つの要素が、刑事司法上の国際的な協力である。国際協力という言葉は現在、あらゆる政策分野において使われ、またその語感がネガティブな印象を持たれることはないだろう。しかし刑事司法の分野は、国をまたいだ協力が最も難しい分野の一つである。そもそも、刑罰権というのは主権国家の根源的な権能の一つであり、また、刑罰という直截な人権制約に関わる分野であるが故に、他国の制度に対しては基本的な不信感が前提となっている。どの国であっても、他国の警察が自分達の国土に乗り込んできて捜査を行ったり、自国民を他国政府に送って、その国の法の下で裁きを受けさせることには、非常に慎重になる。この分野を正面から取り上げれば、それだけで本稿の紙幅にはとても収まらないが、以下、この分野における論点が特に明確に現れる犯罪人引渡に則して、議論を進める。一般に、犯罪発生率が高い途上国の中には、法治と司法制度が十分に機能しておらず、公務員の買収によって犯罪者が容易に罰を逃れられる国が多く存在する。逆に言えば、そのような生ぬるい法管轄域から厳しい国の司直の手に引き渡されることを、犯罪者は最も恐れる。「麻薬戦争」の過程で、米国は中南米各国からのカルテル幹部達の引渡しを強硬に追求した。他方、麻薬王の中の王であるパブロ・エスコバルが、米国への引渡しを逃れたいがために最高裁判所の大規模な襲撃事件まで起こしたという事実は、この制度が持ち得る防圧の威力を、如実に物語っている(第2章参照)。さて、エッセンスとしては、ある国同士の間で犯罪人引渡が可能となるためには、以下の2つの前提がある。まず一つ目は、犯罪構成要件の一定程度の均質化である。例えば、タイにおいては国王等の王族に対する不敬罪が存在する。仮に日本のコメンテーターがメディアにおいて、タイ王室に対して侮辱的な発言をしたとしよう。それは、社会的には褒められたものではない行為かもしれないが、その罪のために日本政府がタイ警察から犯人の身柄引渡等を求められても、我が国は基本的にそれには応じることはない。日本の刑法には、そのような不敬罪は存在しないからである。より本稿と関連する例を出せば、マネロンがそもそも全く犯罪化されていない国にとって、その処罰のために他国と協力せよというのは無理な話である。このような準則は「双罰性(dual criminality)」の要請と呼ばれ、その求める厳密性については程度差がありつつ

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