ファイナンス 2022年6月号 No.679
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*26) 関税法第69条の2第2項・第69条の11第2項 *23) 佐藤拓磨『オーストリア刑法における没収制度について』山口厚ほか編『高橋則夫先生古稀祝賀論文集 上巻』成文堂、2022年3月*24) “Non-conviction based confiscation means confiscation through judicial procedures related to a criminal offence for which a criminal conviction is not required.”, FATF Glossary*25) 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法第7条の2〜第7条の9)。なお、この課徴金の性質論についても様々な議論があるところである。独占禁止法研究会『独占禁止法研究会報告書』2017年4月芝野記行『行政上の没収に関する考察:関税法を中心として』(税関研修所論集39号)財務省税関研修所、2008年なお芝野(2008)によれば、関税法のほか未成年者飲酒禁止法、未成年者喫煙禁止法等いくつかの法律が法文上は同様の行政的没収を定めているが、手続き規定の欠缺等から、実務では自発的廃棄等に依っているとの由。*27) Ronald F. Pol, Anti-money laundering:The worldʼs least effective policy experiment? Together, we can ■x it, Routledge Taylor & Francis Group, February 2020.*28) 正式名称は「犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律」ファイナンス 2022 Jun. 65英国で2010年12月に捜索先で発見され、剥奪された133万ポンド(約2億円超相当)の現金。この発見に繋がった捜査が直接の対象としていた容疑では、最終的に立件は見送られたが、当該現金はPOCAにより、犯罪収益として剥奪の対象となった。(出典:West Midlands Police via. ■ickr, CC BY-SA 2.0)おいては、組織犯罪等の重大犯罪につき、拡大された剥奪制度が定められている。具体的には、構成要件に該当し違法な行為であれば有責性までは求めず(即ち、ここでも有罪判決を条件としない)、また、対象財産が違法行為に由来することについて、一部、立証責任の転換が図られている*23。FATFでは、上記で登場した、行政処分的な性質を有する剥奪を「有罪判決を前提としない没収」、NCBC(Non-Conviction Based Confiscation)と呼び*24、一つの政策オプションとして提示はしているが、基準の中でその採用までは要求していない。ともあれ、この名称自体、刑罰としての没収を所与の前提としていると、とんでもない無茶な制度であるかのように聞こえてしまう。しかしその趣旨としては、犯罪収益の剥奪を刑罰という軛から解き放ち、行政処分的な形で正面からの執行を可能にする制度を企図していると、理解すべきである。なお個別法ではあるが、日本においては独占禁止法の中に、課徴金という形で不当に得た利益を剥奪する制度がある*25。また関税法の中には、税関長は輸入禁制品等を没収・廃棄して良いとする規定がある。これらは、極めて限られた範囲ではあるものの、行政処分としての剥奪を定めたものと言える*26。現在、世界で日々生み出される犯罪収益の大半は、残念ながらそれを生み出す輩達の手元に残り、更なる犯罪活動への再投資として還流している。10年以上前のベースで既に、世界では年間2兆ドル前後のカネが組織犯罪によって産み出され、またそれと同程度の額がマネロンの対象となっていた一方(第1章参照)、各国当局が実行した剥奪額はその0.1%未満に過ぎず、これを以って、世界のマネロン対策は失敗していると断言する向きさえある*27。剥奪機能の不全は、日本だけの問題ではないのである。マネロン対策の成否は剥奪額のみで判断されるべきではないが、犯罪組織の壊滅を目指すのであれば、その収益の剥奪は最大かつ唯一の手段とすら言える。この点、無論日本を含めた多くの国にとっては、まずは現行制度の中でより積極的な運用が当然に目指されるべきであり、FATF審査との関係でも、当面はそれが目標であろう。今次の対日審査においても、没収制度の根本的な改正までは求められていない。しかしより長期的視点に立った場合、犯罪収益の剥奪という大きな目的を、刑罰である没収や徴税といった、本来は全く異なる出自を持つ制度によって補うのではなく、将来的にはかかる刑事政策に正面からアドレスした、真のシルバー・ブレットの創出を検討する段階に来ているのかも知れない。日本では、2008年に施行された「振り込め詐欺救済法」*28において、金融機関が、犯罪利用の疑いがあると認める預金口座等を凍結し、一定期間の公告を経た後にこれを失権させて、被害者の支払いに充てることができることとされた。また、児童ポルノやいわゆる「リベンジポルノ」等の頒布に対して、対象物をそのままにしておくのでは被写体の法益侵害が継続されてしまうため、有罪判決を前提とせず、それを没収対象とすることの是非に

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