ファイナンス 2022年6月号 No.679
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*16) 日本経済新聞2021年2月28日*17) Mutual Evaluation Report, United Kingdom, FATF, December 2018, P.75*18) Bright Line Law, The Use of Non-Conviction Based Seizure and Con■scation, Council of Europe, October 2020*19) 川崎友巳『アメリカ合衆国における没収制度の史的展開』同志社法学74巻1号、2022年4月30日 *20) 前掲 町野・林(1996)第17章(佐伯仁志)*21) Mutual Evaluation Report, United States, FATF, December 2016, P.77-78*22) ■口亮介『没収・追徴:共犯を素材に』法律時報第87巻第7号、2015年6月 田村泰俊『非刑事没収・追徴とデュー・プロセス:合衆国憲法第4修正・第5修正の交■適用の効果と限定』明治学院大学法学研究第88巻、2010年1月31日髙山佳奈子『犯罪収益の剥奪』法学論叢 154巻4号、2004年3月佐藤拓磨『ドイツにおける犯罪収益はく奪制度の改正』法学政治学論究118号2018年9月 64 ファイナンス 2022 Jun.行政処分的剥奪の制度設計収益の剥奪ではないのだ。なお、そもそもの原点に立ち返れば、アルカポネの時代から、組織犯罪の捜査とその収益剥奪は脱税の嫌疑を追うことから始まった(第1章・第2章参照)。そして現在でも、日本を含む各国において、犯罪収益の蓄積と目される資産が、結果として重加算税等の徴収という形で剥奪されることはある。最近では2021年2月に、特定危険指定暴力団・工藤会総裁の野村悟被告に対する約3億2,000万円の所得税の脱税容疑が、最高裁において確定した*16。しかし、税務の目的は適正な税の執行であり、組織犯罪の防圧ではない。それが犯罪収益剥奪の機能を結果として持つことがあっても、あくまで副次的なものである。また、犯罪収益の全てを税務の執行として徴収できる訳でもない。税については当然理解されているこのような限界は、刑罰としての没収については、なぜか余り意識されることがない。もっとも、このような制度的空白の存在は、ある意味で当然と言えば当然である。縷々見てきた通り、悪事をビジネスとする、即ち継続的・恒常的に収益を上げ、それを再投資しては回し続けるという組織犯罪が大々的に展開するようになったのは、麻薬の蔓延を端緒として、せいぜいここ半世紀程度の出来事に過ぎない。犯罪の直接の下手人とは別に、その背後の巨大な組織との闘いが始まったのは、人類史においてつい最近なのだ。日本で言えば、明治時代に基礎が作られた現在の刑法がそれに対応できていようはずもない。既往の学術的な議論も、現行の刑法体系を所与の前提としてきたために、必ずしも刑事政策的な広い観点に立って、収益剥奪の「あるべき論」を取り上げてはこなかった。そして、程度の違いはあれ国際的に見ても、このような空白が存在する国は多い。他方、立法論としてその空白を様々な方法で埋める選択肢は存在する。特に積極的なアプローチを取るのが、英米法体系の国である。英国では2002年犯罪収益法(POCA:Proceeds of Crime Act)に、犯罪収益の推定規定が置かれ、これによって捜査過程で発見された資産の相当部分が剥奪できるようになっている。具体的には、マネロン・麻薬犯罪等を含む重大犯罪について、刑事裁判の前6年間及びその後に得た資産等については、裁判所は犯罪収益であるとの推定を与える。その後、収益分が計算され、合法に取得した資産であるとの反証が示されない限りは、収益分の金額について剥奪対象となるという制度だ*17。そしてこの法律を始め、英国では犯罪収益の疑いが強いと思われる資産を剥奪するに当たっては、当該刑事裁判で有罪判決が下ることは求めず、即ち、刑罰としてではなく行政処分的に剥奪することを可能にするための制度が複数設けられている*18。米国の剥奪制度も、様々な紆余曲折を経て形成されてきたものであるが、犯罪収益剝奪のツールとしての位置付けが確立したのは1980年代に、麻薬犯罪との闘いが本格化してからである。その後、英国と同様の行政処分的な剥奪を含め、その対象となる資産の類型や遡求可能範囲等について、成文法・判例法双方の蓄積がその境界を画してきた*19。現在では、連邦に加え州レベルでも剥奪制度が存在し、また、剥奪対象となる資産も、「犯罪供用物」として、当該犯罪の実行行為が行われた不動産全体にまで及ぶこともある等、我が国とは比較にならない苛烈さである*20。直近の同国FATF相互審査では、連邦政府だけ見ても、2014会計年度における各法執行機関合計の剥奪額は44億ドル(約5080億円)超という、桁外れの金額に上っている*21。大陸法系の国であっても、例えばドイツでは、刑罰としての没収の他、危険物の没収を定めるとともに、犯罪による収益収奪については別個の条文を定めている*22。ドイツと類似した法体系を持つオーストリアに

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