ファイナンス 2022年6月号 No.679
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*7) 『ベルルスコーニ伊元首相、マフィアの爆破事件に関与?再び捜査対象に』AFP、2017年11月1日*8) 勧告4、有効性指標8*9) 幡野徹『組織的犯罪処罰法施行20年:犯罪収益の剥奪のための取組を振り返って』警察学論叢第73巻第10号、2020年10月10日図表2:地下資金の還流(再掲・概念図、筆者作成) 62 ファイナンス 2022 Jun.2.「銀の弾丸」としての犯罪収益剥奪収益剥奪手段の不存在界を動かしたのである。なお、この時イタリアを率いていたのは、半年前に政権を取ったばかりのベルルスコーニ首相であったが、彼自身、あろうことか閣僚会議の最中に汚職捜査の対象とされ、2013年には脱税等の罪で有罪判決を受けることになる。マフィアとの繋がりを指摘されることも多かった同首相であるが*7、マネロン規制を推進した国家のトップリーダーが、汚職により攻守代わって非難の矢面に立たされるという構図は、以前の章で紹介した米国・ニクソン大統領とも共通のものがある。本章においては以下、このパレルモ条約に規定された制度の内、犯罪収益の剥奪と犯罪人引渡、及び前提犯罪の拡大について取り上げる。これらの内特に前二者は、我が国がFATF相互審査を受けるという時節にあっても、バーデン・シェアリングの観点から言えば直接に民間事業者が負う義務と関係するものではないため、ともすれば注目を集めづらく、エアポケットに落ちてしまいがちなトピックである。しかし、両制度については何れも、刑事政策的な重要性は非常に高い。本稿においては、射程をマネロンとの関係性にのみ矮小化することなく、むしろマネロン罪の登場によりこれらの制度全体の再考が促されているとの理解に立ち、本質的な議論を試みたい。留意すべきは、パレルモ条約はこれらの制度につき、ミニマム・スタンダードを定めたに過ぎないという点である。そしてこのスタンダードが、基本的にFATF基準の中でも関連する準則の骨格を定めている訳だが、今日の刑事政策的な要請からは、必ずしも十全とは言えない部分も含まれている。我が国としても、FATFが要求する最低ラインをクリアすれば事足れりとすることなく、より高い水準の実現を目指して、国内的な制度設計は勿論、国際的議論をリードして行く心構えが望まれる。第2章において、マネロン規制はそれだけで完結するものではなく、それを(1)資金構造の出元を探る「突上げ捜査」、及び(2)捕捉した犯罪収益の剥奪と組み合わせて、初めて組織犯罪対策としての効果が上がるものであることを説明した。ここで取り上げるのは、この内の(2)である。古今東西問わず、犯罪を生業とする組織の結束の源泉は、結局のところカネである。上がった収益が失われれば、分配・再投資といった組織的な犯罪のサイクルは成立せず、そうなれば、程なく組織自体も崩壊するほかない。犯罪ビジネスへの再投資へと還流する地下資金を断ち切ってこそ、組織犯罪の壊滅を図れる(図表2)。マネロン捜査を突破口とした犯罪収益の剥奪は、このための正に「必殺の銀の弾丸(シルバー・ブレット)」と呼ぶべきものである。パレルモ条約とアラインしたFATF基準においても、勧告・有効性指標双方で収益剥奪が大きな位置付けを与えられているのは、このためである*8。しかし日本において足元を見てみると、例えば2019年には特殊詐欺の被害額が300億円を超え、利殖勧誘事犯に関しては1,000億円を超す被害が発生している中、組織的犯罪処罰法の下での没収・追徴は、僅か20億円足らずである。よって残念ながら犯罪組織にとっては、これらは引き続きローリスク・ハイリターンな稼ぎ口になっていると言える*9。そしてこれは、理由のないことではない。議論を喚起する意味で、やや物議をかもす言い方を敢えてすれば、現在の日本には、他の多くの国と並び、組織犯罪の収益を剥奪する手段は存在しないのである。この点、日本の法体系の中には「没収」という名前の制度が存在しており、実態としては多くの場合、この制度の下での没収を犯罪収益の剝奪とほぼ同義に用

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