ファイナンス 2022年5月号 No.678
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テロ・核開発等:資金の流れ合法な経済活動犯罪ビジネス等*35) Report of the Panel of Experts established pursuant to resolution 1874(2009), United Nations Security Council, November 2010ファイナンス 2022 May. 63図表8:地下資金の還流(概念図・再掲)(筆者作成)※ 本稿に記した見解は筆者個人のものであり、所属する機関(財務省及びIMF)を代表するものではありません。 ン・シェアリングとして適切な在り方かは疑わしい。この点、当初の情報は法人等の自己申告によるにせよ、その後は何れかの公的機関が継続的な調査を実施し、情報の真正性を確保することが望ましいだろう。勿論、全ての法人等を調査することはできないので、適切なリソースの配分が必要となる。その際に有効であるとして提唱され、実際、欧州のいくつかの国では実施されているのが、BO情報の公開による、社会的な監視である。即ち、国として提出されたBO情報をデータベース化した上で、誰にでもアクセス可能にする。そして、そこにあるデータに疑義を抱いた人は、当局に情報提供できるようにするのである。ただし、このような情報公開は、最終的には当局が実質的な検証のための調査権限を付与されることと一体になって、はじめて奏効するものであることには、注意を要する。そして、このような取組みが各国において行われた後には、そのようなデータベース同士が国際的に連結され、各国間の情報共有と、更なる相互検証作業が不断に継続されていくことが望ましい。制裁対象者はしばしば、国を跨いで資金を動かすネットワークを持っている。それを取り締まろうと思えば、一つの国・地域だけで完結するということはあり得ない。BOの問題に加え、一定の投資と引き換えに他国の国籍を取得し、真の出身国を偽装できる国籍ロンダリングへの対応も重要である。制裁対象国の資金獲得に携わる人物が、元々の国籍を偽って金融システムにアクセスしていることが、現状、十分に想定されるからだ。この為には、国際租税の取組み同様、黄金パスポート制度によって裨益している国も巻き込んだ、世界的な規制の枠組み作りが急務である(第6章参照)。もっともこれらの提言は、今日の状況を踏まえた実務感覚からは、夢物語であると言われても仕方がない。既に述べた通り、FATFという強力な実質的強制力を持つ国際的なプラットフォームにおいてすら、これらの取組みは山の裾野にしか至っていないのである。しかし、それを遠い理想として議論の俎上にすら載せようとしないのであれば、それはTFSの実効性確保を始めから放棄することと同義であろう。以上、FATFの射程であるTFSについて、その有効性を高めるための方策を検討した。これらの論点の内いくつかは、地下資金対策一般に敷衍し得るものである。加えてカネの流れの実態としても、本稿の通底した主題である地下資金の還流という文脈で、例えば北朝鮮に制裁をかいくぐって送られる資金の一部は、マネロン規制の対象でもある、麻薬密売等の犯罪収益である可能性が濃厚であることは、第2章で述べた通りである(図表8)*35。このような地下資金の流れを包括的に理解し、対策を整備していかなければならない。その際の幹となるのは、お題目に留まらない、各国内及び国家間双方に亘る、真の意味での共働である。TFSは、経済制裁の部分集合に過ぎないものの、その実効性が確保されれば、最も大きな効果が期待されるものである。安全保障を巡る営為は、究極のところ、武力を以って武力に応えるという負の連鎖に陥らず、如何にしてより平和的な方法で国家関係を安定に導けるか、という一点の目的に集約される。繰返しになるが、今やFATF基準の一部を構成するTFSは、地下資金対策の単なる一要素ではなく、未来に向けた安全保障体制の成否を、少なくとも部分的には占う存在であると言っても決して過言ではないのだ。ここまでの連載を通して、地下資金対策の3本の柱であるマネロン・テロ資金規制、拡散金融について一通り見て来た。次章では一旦話を原点であるマネロン規制に戻し、刑事政策上のいくつかの重要論点に、焦点を当てる。

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