ファイナンス 2022年5月号 No.678
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*27) Advisory on North Koreaʼs Use of the International Financial System, Financial Crimes Enforcement Network (FinCEN), United *28) 我が国の金融制裁実施について、前掲・吉村(2018)第6章(福島俊一)*29) 後年にはその顛末がベースとなり、『バグダッド・スキャンダル(原題:Backstabbing for Beginners)』として映画化された。*30) 具体例としては、ソマリア(1992年)、リベリア(1992年)、ルワンダ(1994年)、ユーゴスラビア・コソボ地区(1998年)等。*31) 本多美樹『国連による経済制裁と人道上の諸問題:「スマート・サンクション」の模索』国際書院、2013年9月1日*32) 金融制裁の対象者のリストアップが、初めて大規模かつ本格的に行われたのが、9.11を契機とした対テロリスト制裁である。国連による経済制裁は、制度的沿革としては国家的主体を念頭に置いたものであったが、テロリストという非国家的主体に対して展開されたリスト化という手法が、翻って北朝鮮やイランのような、国家的主体に属する個人・団体に向けても後に広く取られるようになったことは、ある意味での「ねじれ」として興味深い。*33) FATF基準(勧告6・7等)は、TFSの「遅滞なき(without delay)実施」を求めているが、これは、FATF用語集において、安保理において対象者として指定されてから「数時間の間(within a matter of hours)」と定義されている。日本を含む複数の国が、この基準を遵守できていないとして、相互審査において指摘を受けている。*34) 竹内舞子『国連による北朝鮮制裁の有効性―その効果と課題―』国際安全保障第48巻第2号、2020年9月 States Department of the Treasury, November 2, 2017尾崎寛『イランに対する金融制裁によるイランビジネスへの影響(特集/イラン制裁における輸出管理への影響<2>)』CISTEC Journal No.129、2010年9月竹内舞子『国連安保理による北朝鮮金融制裁―最近の制裁違反の傾向及び実務上の課題―』国際商取引学会年報、第23号、2021年 62 ファイナンス 2022 May.いともた易い*27。通常のビジネス活動を装っていても、その利潤が核開発資金として流れている可能性もある。このように、TFSという仕組みを考えると、日本が北朝鮮に対して独自制裁として取っているような対象国への支払いの原則全面禁止のような措置の方が、実効性確保は明らかに容易である*28。では、なぜ今日ではTFSが金融制裁ひいては経済制裁全体の中核となっているのであろうか。その歴史は、イラク戦争に遡る。1990年に国連が取った当初の対イラク制裁は通商の全面禁止であり、13年間に亘りほとんどの産品の取引きを禁止するという、非常に厳しいものであった。しかしこれは、イラク国内の無辜の民を苦しめるという、大規模な人道上の問題を惹起し、批判の声が高まった。その解決の為に、「石油・食糧交換プログラム(Oil-for-Food Programme)」が考案され、これによってイラクからの石油の輸出が認められる一方、その代金は食料品・医療品等の購入のみに当てる為に管理することとされた。もっとも、このスキームは資金の使途を巡って汚職を生み、国連は設立以来最悪の権威失墜を経験した*29。この一連の経緯は、国連に深いトラウマを残した。そして、これ以降の国連による通商上の制裁は、その実施当初から、基本的に武器等にその対象が限定されることとなった*30。今日の主流であるこの制裁の形態は、特定制裁(Targeted Sanctions)・限定的制裁(Selective Sanctions)と呼ばれるほか、スリムなという意味と、人道に配慮した賢い制裁という含意を掛け詞にして、「スマート・サンクション」という名前も付けられている*31。TFSは、このようなモノに関する特定制裁を、文字通り金融の領域に敷衍したものである。しかし、例えばモノの世界で、武器と食料が容易に区別が付く一方、武器を買う資金と食料を買う資金では、峻別は難しい。色目の付かないカネは、本質的には「特定」制裁というコンセプトと親和性が低いのである。従って、その使途に着目した規制だけでは実効性を確保することができず、自ずと、そのカネに関わるヒトに着目した形での金融制裁が、中心的な役割を果たしていくこととなる*32。個人・団体を指定しての資産凍結という手法は、このような歴史的背景を伴う産物である。国連のイラクの苦い経験を踏まえれば、TFSの実効性確保は課題として認識されつつも、国家全体を対象とした包括的な金融制裁という措置は最後の手段として保留され、今後とも、TFSがまずは初期設定としての金融制裁であり続けざるを得ないであろう。よって、技術的制約の中で少しでも実効性を上げる為の方途を検討することが、地下資金対策の文脈においても建設的な態度である。しかし残念ながら、それには特効薬はない。地道ではあるが、国連及び各国インテリジェンス間の協力により、必要に応じて、制裁対象とすべき者を安保理において機動的に追加指定すること、そのように指定された者・団体を、各国は速やかに国内法的にも制裁対象とすること*33、そして、表面的な名義の背後に対象者が実質的支配者(BO)として隠れているケースをあぶり出す作業を、国際的なレベルで充実させていくより他ないのである*34。第6章で述べた通り、現行制度の問題の根幹は、資本関係を介さない法人等の支配関係については自己申告に頼る中、真の意味での検証メカニズムが、世界的に見ても各国においてほぼ存在しないことである。これは、マネロン・テロ資金規制を含む、地下資金対策の基盤に関わる制度的欠陥と言える。BOに関しては、事業者が民間ベンダーから提供される情報等をベースに確認作業を行っているが、官の側が主体的に検証を行っていない現状は、官民のバーデ

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