ファイナンス 2022年5月号 No.678
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る研究を踏まえて説得力のある分析・考察がなされている。第2部では、評者も「未来をつくる図書館」「メディア・リテラシー」で深い感銘を受けた菅谷明子氏や下村健一氏など内外のジャーナリストのインタビューなどが掲載される。「第16章 虚実のあいまいさとメディアリテラシー 日米、新聞とニュースアプリの視点から」では、山脇氏が、朝日新聞アメリカ総局長としてトランプ氏が当選した米大統領選挙の現場での取材経験を経て、メディアリテラシー教育に取り組む想いが述べられる。東京大学公共政策大学院での講義経験から、「自分でインタビューをし、記事を書き、見出しを付け、レイアウトをする。それを人と比べてみる」という、メディアリテラシー教育としてはシンプルな授業が学生の興味を引き、気づきが多いことがわかったという。このようなシンプルな取り組みを広げていくことに手ごたえがあるとする。また、2019年9月にイスラエルであった、ユヴァル・ノア・ハラリ氏の言葉が印象的だとする。ハラリ氏の「人間は虚構を創作して信じる能力のおかげで世界を征服した」という見方を紹介しつつ、山脇氏は「誰もが、ある種のフィルターバブル的な状況で生きていると考えたほうが、自然なのかもしれない」という。そして、「要は、人間は固定観念にとらわれず、一生学び続けるものである、という態度を身に付けることが肝要なのではないか。『あいまいな情報に耐えつつ、自らの成長や発見を楽しむ』ようになれれば理想的だと思う」とする。この点、評者が少し時間に余裕が出たら読んでみたいと思っているモンテーニュの「エセ―(随想録)」に通じているように感じた。「『エセー』の魅力は、著者が偉人だという点にあるのではありません。反対に、著者が多くの人間と同じく誤りや欠点に満ちている点に、そして何よりも、本人がそのことを自覚し、それでも次々にふりかかる艱難になんとか対処し、人生を朗らかに楽しもうと心がけている点にあるのです。われわれは、彼の考えのすべてに同意するわけではありませんが、そのような生の姿勢そのものに共感し、憧れるのです。」(山上浩嗣著『モンテーニュ入門講義』(筑摩書房)「まえがき」より)第3部は、小学校から大学まで学校現場における「実践編」である。実践1:想像力を働かせよう 「朝の会」やホームルーム授業で使える《ソ・ウ・カ・ナ》チエック 【対象】小学校5年~大学/朝の会・ホームルーム・国語など(令和メディア研究所 下村健一)(~ソ:即断しない ウ:うのみにしない カ:偏らない ナ:(スポットライトの)中だけ見ない)から実践10:SNSで、どう情報を受信・発信するのか 体験型オンラインゲームで学ぶ 【対象】中学3年~大学/総合的学習(探究)・国語・情報(スマートニュース メディア研究所 宮崎洋子、長澤江美)まで、10事例が紹介される。様々な学年を対象に様々な実践が行われていることがわかる。第4部は、山脇氏がモデレーターとなり、埼玉県立川越初雁高校教諭の上田祥子氏、内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局審議官の合田哲雄氏、広島県教育員会教育長の平川理恵氏の参加による座談会の模様が掲載される。文科省で指導要領の改訂を担当していた合田氏が、「そもそも日本の教育では、与えられた情報が正しいかどうかを吟味することが必要だ、という点が意識されてこなかったと思います」とする。小学4年生の国語で取り上げられる『ごんぎつね』を例に、テキストとして突き放し、子どもたちに分析的・論理的に思考させているわけではなく、「登場人物や作者の心情に寄り添う」ことを求め、それを国語教育だと、多くの先生は思ってきたわけです、と断じている。そして、「主体的・対話的で深い学び」の本質はクリティカルシンキングであるとし、『ごんぎつね』でなぜ日本の子供が泣くのかを、文化や言語の違う人に説明することが求められるとする。平川氏も、「小説は、はっきりいって心情の読み取りに偏りすぎている」と指摘する。上田氏は、高校の授業でベストセラーの『人新世の「資本論」』を教材に使った経験を紹介し、これはあくまで1つの意見で、「先生も分からない」というと、生徒も一気に乗ってくるという。いろいろな問題が行きつく先として、「教育」ということがいわれる。次の世代が「人生を朗らかに楽し」めるような社会になるか、本書を通じて気づかされるところは多い。財務省もいま財政に関する教育に向けて様々な取り組みをしているが、その際の起点にもなるものと思う。ぜひ、一読をお勧めしたい。 38 ファイナンス 2022 May.

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