ファイナンス 2022年5月号 No.678
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ファイナンス 2022 May. 37FINANCE LIBRARYファイナンスライブラリー本書の表紙裏には、「これまで分断されてきたメディアリテラシー研究という学問の世界と、ジャーナリズム、そして教育現場をつなぐ一冊。メディアリテラシーに関心を持つすべての方にー」とある。本書の大きな英断の1つは、メディアリテラシーの中核に位置するとする「critical thinking」に「吟味思考」という訳で副題につけたことだろう。その決断については、「はじめに」で「『クリティカル』は、非難ではない」(p7)で、編著者である山脇岳志・スマートニュース メディア研究所研究主幹(出版時。現在は所長。元朝日新聞編集委員・アメリカ総局長)が解説する。また、もう1人の編著者である、坂本旬・法政大学キャリアデザイン学部教授は、本書の「おわりに」で、「メディアリテラシー教育の目的は、決してメディア批判ではない。英語の『critical』にぴったり当てはまる日本語はないが、あえて日本語にするならば、深く考え、そして詳しく調べて真実を明らかにするという意味を持つ『吟味』であろう。日本と世界の研究や実践をつなぐためには、まずこの誤解をとく必要があるだろう。重要なことは、メディアリテラシーにおいてクリティカルシンキングの重要性を議論の基盤に置くことだと私は思う」と断じている。本書の「はじめに」では、メディアリテラシーがいま重要とされる理由を5点に整理している。ソーシャルメディアの発達、それに伴うデマや虚偽情報の拡散、「フィルターバブル」への対処、民主主義の揺らぎに対する防波堤としての期待、文部科学省が進める「GIGAスクール構想」で学校現場において情報端末が普及していること、である。本書の構成は、第1部 メディアの激変とメディアリテラシーの潮流、第2部 ジャーナリストの視点と実践、第3部 教育現場での実践、第4部 座談会・メディアリテラシー教育の現在地と未来~中央省庁、教育委員会、学校の現場から、となっている。「内外のさまざまな立場の研究者やジャーナリスト、現場教師の見解や実践を掲載し、メディアリテラシーを総括的に捉えることで、現時点での『決定版(テキスト)』とすることを目指した」(「おわりに」)豊富な内容で、すべてを紹介できないが、評者が特に印象に残った点をいくつかあげてみたい。第1部はページ数で本書の半分を占めるが、「理論編」と位置付けられている。「第2章 若年層のSNS利用とコミュニケーション特性」(電通メディアイノベーションラボ主任研究員 天野彬)で、40代を境に、デジタルメディアを頼りにする若年層と、伝統メディアを頼りにする高齢層がはっきり分かれているとの分析はあらためて考えさせられる。若者の情報接触が「ググるからタグる」(SNSでハッシュタグを通じて情報を手繰りよせるように集める)になっているのだという。また、SNSで最も強力なコンテンツが「怒り」で、人間を社会的な生き物にする進化上の特性がネガティブな副作用をもたらしているという指摘は深刻だ。「第3章 メディアリテラシーの本質とは何か」では、坂本教授が詳細な考察を行い、「メディアリテラシーとは、民主主義社会におけるメディアの機能を理解するとともに、あらゆる形態のメディアメッセージへアクセスし、批判的に分析評価し、創造的に自己表現し、それによって市民社会に参加し、異文化を超えて対話し、行動する能力」と定義を示す。「第5章 日本のメディアリテラシー教育の歴史的潮流」(弘前大学教育学部准教授 森本洋介)を読むと、「メディアリテラシー」という言葉が教育の世界で様々に理解されていることを俯瞰できる。そして、著名な論者の中でも理解が一定していないことがわかる。「第8章 すべての子供たちにメディアリテラシー教育を」(ロードアイランド大学教授 ルネ・ホッブス)では、トランプ氏が自分にとって都合が悪い情報すべてを「フェイクニュース」として社会的分断を別次元のレベルまで悪化させたとし、「メディアリテラシーの教育者たちは皆、『フェイクニュース』という言葉を決して用いないと誓っています」という点は日本の状況に鑑み、胸を打たれた。「第9章 批判的思考とメディアリテラシー」(京都大学大学院教育学研究科教授 楠見孝)は、情報の評価をめぐるバイアスについて福島第一原発事故のリスク情報に関す時事通信社 2022年1月 定価 本体2,500円+税 評者渡部 晶坂本 旬/山脇 岳志 編著メディアリテラシー  吟味思考(クリティカルシンキング)を育む

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