ファイナンス 2022年5月号 No.678
28/88

*7) 「マイクロクレジットは金融格差を是正できるか」(佐藤 順子)によれば「庶民金庫がこの時期に設立された理由について庶民金庫の後身機関である国民金融公庫は、その社史である『国民金融公庫十年史』において、1937年の日中戦争以降の戦時体制、国家総動員運動の影響を指摘している…」とある。*8) この他にも、「庶民金庫ガ出来レバ恩給金庫ハ要ラヌデハナイカ 一ツニ合併シテハ如何」という質疑応答もあり、ここでは、マクロ的には両機関とも庶民金融の機関であろうと述べつつ、(1)その利用者の対象が異なることや、(2)恩給金庫は恩給を担保とするのに対し、庶民金庫は無担保の対人信用本位なのだから「企業ノ危険率ヲ異ニシテ居ル」こと、さらに(3)庶民金庫が全額政府出資であるのに対し、恩給金庫は「大体自給自足ガ原則」であるため「計算ノ基礎ガ異ヒマスカラ計算ヲ別ニシテユカネバナラナイト思」う等の理由が述べられている。 24 ファイナンス 2022 May.設の必要性愈々高まりこの上遅延することを許さない情勢となつた…」この結果、恩給金庫は、恩給金庫誌の言葉を借りれば、恩給担保貸付をその主要業務として営む「非営利公益的特殊金融機関」であって「半官半民の国策的施設」として、昭和13年に誕生した(恩給金庫法(昭和13年法律第57号))。ちなみに、このように恩給担保貸付の始まりは、半官半民という組織形態から始まっているところ、実は全く同じ時期に成立した庶民金庫(庶民金庫法(昭和13年法律第58号))は、全額政府出資の法人という形態を選んでいる*7。このあたりについて、恩給金庫誌において纏められている、恩給金庫法案に係る帝国議会での質疑応答の大要に基づくと、次のように整理されており、当時も現代社会と同じような議論があったことが伺えよう。「13 資金ヲ何故全部政府負担トシナカツタカ…実ハ恩給金庫ヲ政府デ設ケマスニツキマシテ色々ノ議論ガアツタノデアリマス ソノ一ハ凡ソ恩給受給者ハ既ニ国家カラ多クノ恩恵ヲ受ケテ居ル ソレニ更ニ恩恵ヲ施スヤウナ恩給金庫ヲ作ルトイフ事ハドウカトイフ非難モアツタノデアリマス シカシ他方事実問題トシテ恩給担保金融ガ可ナリ行ハレテ居ルノミナラズ之ニ伴ツテ色々ナ弊害ガ惹起セラレ之ニ対シ何等カノ対策ヲ講ゼネバナラヌ現状ニ立到ツテ居ルノデアリマシテ何等カノ施設-恩給金庫-ヲツクル事ハ不可避ノ事実デアリマス シカシ之以上ニ国家(政府)ノ御厄介ニナルコトナシニ受給者自身ガ已ムヲ得ザル場合 已ムヲ得ザル手段トシテ自給自足的ニヤツテ行クトイフコトハ宜イノデハナイカトイフコトニ成リ ソコニ恩給金庫ハ全部国家ノ力ニマタナイデ 一部分国家ノ助力ヲ得テ国家ノ保護監督ノ下ニ民間ノ資力ヲモソレニ加ヘテ自給自足的ニヤツテ行カウトイフコトニ成リ 政府カラノ出資ヲ五百万円ニ限リ他ハ金庫自身ガ調達スルトイフ考デアリマス…」*8さて、上記の内容を見て、少し違和感を覚えられた方もおられるかもしれない。おそらくそれは、当時の帝国議会の質疑応答を見る限り、あまり国家総動員体制の強化という国策的な観点で半官半民という形を選んだとまでは言い難いのではないか、というものであろう。このあたりについては、過去の資料に基づく私見となるが、下記のとおりお答えしておきたい。実際、恩給金庫誌(昭和16年)より少し前(昭和14年)に発行された「恩給金庫法解説」(高木 三郎)を見てみると、恩給金庫誌とは少し様相が異なる解説がなされている。「…恩給金庫法には別段恩給金庫の設立目的に付定むる所がない。…主たる業務は恩給扶助料乃至勲章年金の受給者に対し恩給年金を担保として金融を行ふと云ふ事にあるは明かである。然し自分は恩給金庫の本来の使命は単に従来の高利貸に代つて恩給年金担保の金融を行ふと云ふ事を以てその目的の全部とする所ではないと思ふ。…恩給金庫の使命は寧ろ恩給年金受給者の福祉増進にあるのであつて、担保金融は其の手段の一部であると考へても宜いのではないかと思ふ。即ち恩給金庫は担保金融に依つて営利を計るものではない。金庫自体の自給自足が出来れば成るべく低利に簡易に金融を行ひ、以て恩給年金受給者の経済的圧迫からの救済を行ふと共に、余力があれば積極的に受給者の福利増進に乗出して初めて恩給金庫本来の目的を達成するのではないかと思ふ。…」ここから見えてくるのは、国家総動員体制に係るものというよりは、より現実に起きている「恩給年金受給者の経済的圧迫からの救済」のために、恩給金庫法の制定が求められていたという事実であろう。しかし、現代の感覚として、恩給年金受給者の経済的圧迫というものがどういうものだったのか、あまり想像し難いのではないだろうか。この点については、恩給金庫法が成立した、第73回議会における政府委員の法案提出理由演説がその具体例を述べている。恩給金庫法解説にある演説の要旨に基づけば、下記のとおりである。「…受給者ハ現在ノ給与ニ依ツテハ生活ノ余裕ト云

元のページ  ../index.html#28

このブックを見る