ファイナンス 2022年5月号 No.678
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量 ファイナンス 2022 May. 17図表10 FF市場における連銀貸出の効果FFレートフェデラル・ファンド(FF)市場およびFFレート(FF金利)入門ディスカウントレートIORB市場で決まるFFレートON RRP*27) 田中(2014)によれば、米国では「早くから連銀の公開市場操作によって準備量がコントロールされており、そもそも連銀貸出はそれを補完するものでしかなかった」(p.50)としています。一方、日本では「1980年代半ばまでの規制金利時代に、預金金利をはじめとする諸金利が公定歩合に連動して上下する金利体系が設定されていたので、公定歩合の設定が何よりも重要な金融政策の手段であった」(p.49)としています。*28) 木下(2018)は「申し込み金融機関に対し、(1)他に利用可能な資金調達手段を先にすべて使いつくすこと、(2)借入れの必要を説明すること、(3)FF市場での運用額が調達額を超過しないこと、の3条件を要求したうえで、貸出実行部署の地区連銀に厳格な事前審査を求めていた」(p.191)としています。詳細は木下(2018)の第4章をご参照ください。*29) 2003年の改革では、「プライマリー貸出」(Primary Credit)、「セカンダリー貸出」(Secondary Credit)、「季節クレジット」(Seasonal Credit)と呼ばれる3つの貸出が導入されます。「セカンダリー貸出」は健全性に問題がある先に対して、連銀によるモニタリングとともに、「プライマリー貸出」より高い金利で貸し出す制度です。「季節クレジット」は、資金需要の季節性に対応する貸出です。2000年以前は調整貸出(Adjustment credit)、長期貸出(Extended Credit)、季節貸出(Seasonal Credit)の3本建てでした。詳細は田中(2014)あるいは木下(2020)を参照してください。*30) 3.2節と3.3節は原則、一次資料に近いという意味で、当時のバーナンキ議長の文献であるバーナンキ(2015)をベースにしています。4.2  連銀貸出に伴う不名誉:スティグマら連銀から借りてくることができますから、その意味で、FF市場においてディスカウント・レート以上の金利で銀行は借り入れる必要がありません。そのため、図表10のように、銀行が連銀貸出を用いる限りにおいて、需要曲線はディスカウント・レートの水準で水平になると考えられます。ちなみに、足もとの準備預金が潤沢な環境において、前述のとおり、FF市場では資金の出し手はGSEが中心となる一方で、主な資金の取り手は外国銀行です。外国銀行はFF市場で資金を調達してIORBで運用するというアービトラージを行っていますから、FF市場での調達金利がIORBを上回ると裁定取引が成立しないことがわかります。その観点では、IORBが通常時はFFレートの実質的な上限となっているという見方もあります(図5でみたとおり、2019年9月などFFレートがIORBを上回ることもある点に注意が必要です)。もっとも、このようにFFレートに上限が付されるかは必ずしも明確ではありません。というのも、米国の金融市場ではFRBから資金を借りることは不名誉だとされているからです。これを「スティグマ」といいます。実は、連銀貸出に係る様々な制度的な工夫は、この不名誉(スティグマ)を解消するためのものと解釈することができます。たしかに、市場から借りずに連銀から借りるということは自らが健全ではなく、市場で借りることができないことを自ら示すとも解釈できますから、出来るだけ借入れをしたくないと考えるのは自然といえます。また、連銀貸出は長い間、金融政策の補完的な役割であり*27、FFレートより低い水準で設定されていました。連銀としてはFFレートより低い水準で不必要に借り入れられたくないことから、厳格な事前審査が求められていました*28。すなわち、銀行にとって当時の連銀貸出は不名誉なだけでなく、様々な不確実性もあったわけです。このように連銀貸出が有効に機能するためにはスティグマの解消が重要になるのですが、これを防ぐ重要な改革として、2003年の改革が挙げられます*29。具体的には、2003年において、連銀貸出を健全な金融機関に対する貸出である「プライマリー貸出」と健全性に一定の問題がある「セカンダリー貸出」に分けました。そのうえで、健全な金融機関を前提とする「プライマリー貸出」については運用を柔軟化する一方で、「目標金利+100bps」とすることで危機時などに必要な資金を借り入れることができる仕組みになりました。もっとも、その後、連銀貸出が積極的に活用されるようになったわけではありません。このことは2008年の金融危機時に問題になります。当時、FRBの議長であったベン・バーナンキ氏は自身の著書で、金融危機時に直面した問題として「FRBからの借入れは不名誉なこと」であり、「FRBからの借入れが知られ4.3 金融危機時における連銀貸出*30

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