ファイナンス 2022年4月号 No.677
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*7) これは、当該地域における高所得者層が、対面サービスへの支出を特に削減したことに起因する。これにより、高所得地区における小規模事業者の利潤が極端に減少し、当該地区の低賃金労働者が解雇された。感染症と経済格差-教育-もう一つの格差3.広がる格差COVID-19の経済ショックの影響とその回復過程は、産業・雇用形態・年齢や性別毎に大きく異なる。前節の各種経済研究は、経済全体に対する感染症の影響を議論しているが、本節では、感染症が社会の異なる層に与える影響を取り扱う各種研究を紹介する。また、個人が感染を過度に回避した場合、将来の感受性人口は増大し、感染抑制が遅延することを指摘する研究も存在する。この回避行動は、非感受性人口の増加により集団免疫の獲得が早められる便益を個人が認識しないことにより生じるものである。Kubota(2021)は、感受性人口が人口の大半を占める感染の初期段階では感染の社会的リスクに起因する外部性が集団免疫に関する外部性を上回るものの、その後の感染拡大・ワクチン接種の増加により、非感受性人口が増加してくると、非感受性人口割合に応じて増大した後者の外部性が感受性人口と感染人口の減少に応じて抑制された前者の外部性を上回るようになることを述べている。また、無症状感染が多く、個人が自ら感染しているかどうかを把握することは困難であることも今回の大流行の特徴である。こうした個人の感染状態が不完全情報である状況下での政策を扱ったものがBerger et al. (2021)であり、ウイルス学的検査が無症状感染者の特定に、血清検査が感受性人口の特定にそれぞれ応用できること、すなわち各種検査が不完全情報を解消し、感染対策・経済活動をより効率的にすることを指摘している。こうした外部性と不完全情報は、政策担当者による正確な感染状況の把握、社会を構成する個人による感染症情報の共有、検査などを通じた個人の疫学的状態の把握など、感染症下での経済運営における様々な考慮要素の存在を浮き彫りにしている。感染抑制政策や人々のリスク回避行動により、感染初期には接触機会の多い産業の生産・消費が大幅に減退した。Alon et al. (2020)は、深刻な影響を被った飲食業の女性就労者割合の高さと、比較的影響が軽微であった医療・教育部門における割合の低さから、女性就業機会への大流行の影響がより強くなりうることを、当初から指摘していた。Chetty et al. (2021)は米国の様々な分野での日次データを用いて、感染拡大の経済への影響を時系列的に描写している。結果、2020年3月の感染拡大の後、高感染率の地域において、高賃金労働者の雇用が数週間で回復した一方、低賃金労働者の雇用は数か月の後退を余儀なくされた*7ことがわかった。また、政策効果に関する検証においては、人々の健康面での懸念を払拭することなしには景気刺激策、流動性供給策の効果は限られることを指摘した。日本においてもこうした格差の拡大は様々な面で観測されている。Kikuchi et al. (2021)は、各種政府統計を用いて、感染拡大後の1か月における雇用・所得に対する影響を考察した研究である。結果、COVID-19の労働市場への影響は異なっており、非正規、若年層、女性などの属性を持つ労働者が、また、通常の産業よりも、対面を要する産業や、遠隔勤務などを導入しづらい産業が深刻なショックに曝されたことが分かった。Kawaguchi and Motegi(2021)は、2019年12月に実施された『全国就業実態パネル調査』から、非定型・非対面の業務を行う職業労働者は、能力給や業績評価目標の設定などにより労務が管理され、成果が定量化されている企業に勤める傾向にあり、定型・対面の業務を行う職業労働者に比して、遠隔勤務を介した就業機会に恵まれるとしている。これにより、非定型・非対面業務を行う高所得労働者の方が遠隔勤務に参加しやすくなるため、感染緩和策による影響は、定型・対面の業務を行う傾向にある低所得労働者においてより大きくなることが予測されている。UNESCO(2022)によると、2020年4月時点で11億人以上の学生が休校の影響を受け、2021年10月時点でも5500万人が学業に復帰できていない。また、数多くの研究が、COVID-19による教育関連の影響・格差の拡大を指摘している。

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