ファイナンス 2022年4月号 No.677
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PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 6図3 COVID-19流行下でのトレードオフ(出所)各種研究を基に筆者作成。表1 経済モデル・SIRモデルによる経済分析SIRモデルによる研究研究名Atkeson(2020)Atkeson(2021)Stock(2020)経済モデル・SIRモデルによる経済分析研究名Acemogluetal.(2021)Alvarezetal.(2021)Bergeretal.(2021)Eichenbaumetal.(2021a)Eichenbaumetal.(2021b)FujiiandNakata(2021)Kubota(2021)MasuharaandHosoya(2022)対象国米国米国米国対象国米国米国米国米国米国日本日本日本内容社会的距離拡大戦略による感染緩和策の効果を検証感染に対する行動反応の時系列的検証無症状感染の感染緩和策の効果への影響評価内容効率性フロンティア上での年齢別隔離政策の有効性の検証感染収束まで人的・経済的損失を最小化する社会計画者問題を分析ウイルス学的検査と血清検査の経済再開における役割を検証競争均衡モデル下での経済活動を損なわない感染抑止策の検証検査・隔離と非医薬的介入の経済活動・感染抑制に対する効果検証各種変数の導出、変異株の出現・ワクチン接種促進の影響評価緊急事態宣言の経済・感染への効果、経済再開の厚生面の効果検証検査陽性者数成長率における収束仮説の検証(出所)Acemogluetal.(2021)を基に筆者作成。感染症における“外部性”と“不完全情報”制策においては感染水準、経済再開では経済損失)を追求した場合、他の成果(抑制策においては経済損失、経済再開では感染水準)が失われる状況を経済学では一般的にトレードオフという。感染症下でのトレードオフを分析するにあたってAcemoglu et al.(2021)は、社会計画者がSIR方程式を含む種々の制約条件の下で様々な強度の感染抑制政策を実施した場合に実現する経済損失と感染症による死者数の組み合わせを計算した。この計算結果は、横軸に死者数、縦軸に経済損失をとった図によって示されている(図3)。こうした、様々な感染抑制政策下での死者数・経済損失の組み合わせの軌跡をAcemoglu et al.(2021)は効率性フロンティアと呼ぶ。年齢別隔離政策が最も有効であるという結論は、さまざまな強度で実施される年齢別隔離政策の下で達成される死者数と経済損失の組み合わせが、同一の強度の他の政策に比して少なくなることから導かれる。特定強度の政策は、効率性フロンティア上の点に対応する。年齢別隔離政策(図3の点線)の下では、他の政策(図3の線)に比して、特定水準まで死亡数を抑制する場合の経済損失は少なくなっている上、経済水準の産出損失を犠牲にした場合の死亡数も抑えられる。他の政策と比較した場合の年齢別隔離政策のこうした優位性は、(図3)においては、効率性フロンティア上での所定の政策目標(感染水準、または経済損失)と、他の政策目標(経済損失、または感染水準)の組み合わせの改善に対応している。この政策の実施は、他の政策を実施した場合の効率性フロンティア上の組み合わせを起点として、死者数・経済損失をそれぞれ減少させる、すなわち効率性フロンティアを左下にシフトさせると説明できる。以上の議論から、年齢別隔離政策の実施によって、感染による死亡の抑制か経済損失の回避かという、トレードオフを緩和することが出来ることが視覚的にも理解できる。COVID-19の経済への影響を考える上で重要な概念として、外部性と情報の非対称性が挙げられる。外部性とは、ある経済主体の経済活動が他の経済主体に対して追加的な効果を市場外でもたらす現象を指す。Eichenbaum et al. (2021a)はSIRモデルに基づき、感染症には2種類の外部性が存在するとしている。これは、(1)人々は自己の感染リスクを考慮して行動するが、行動の社会への影響について考えない、(2)人々は医療資源枯渇による死亡率の上昇の影響を考えないというものである。

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