ファイナンス 2022年4月号 No.677
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*5) ウイルス学的検査(Virological Testing)は直接ウイルスを検査し、早期感染者を検出する目的で使用され、PCR検査(RT-PCR検査)を含む。一方、血清検査(Serology Testing)は血清中に誘導された病原体に対する抗体の有無を検査するもので、感染者の早期発見の目的には使用しにくい一方、既感染者の検出に適する。こうした性質上、ウイルス学的検査は隔離対象としての無症状感染者の特定に、血清検査は隔離緩和対象としての非感受性人口の特定にそれぞれ用いられる。*6) 経済成長論のβ収束理論を示す。これは、初期時点において所得が少ない国の所得がその後より高い成長率で成長し、国際間の所得格差が収束してゆくというものである。経済モデルによる中長期的分析トレードオフを考えるの整備までの期間に依存する。検査を実施する場合は、実施しない場合に比して、最適な都市封鎖期間は長くなる一方で、隔離対象の人口を減らすことが出来るため、社会厚生が上昇することが結論付けられている。また、Acemoglu et al. (2021)は人口を感染リスクの異なる若年者、中年者、高齢者に分割した上で、各グループのSIR動学とグループ間の接触機会を定式化し、年齢別の感染抑制政策の効果を検証している。ここでの社会計画者は、(1)超過死亡数、(2)各グループの隔離と人的損失に由来する経済損失の組み合わせの最小化を考える。結果、年齢を区別しない政策に比して、区別する抑制政策の方が、高齢者を中心に経済厚生・感染の被害を抑制できること、社会距離拡大戦略の実施はグループ内・グループ間の接触機会の抑制を通じて政策効果を更に高めることが明らかにされている。SIRモデルと経済モデルを組み合わせたモデルは、感染の中長期的影響やその対策の分析にも応用されている。Berger et al. (2021)は、感染者を感染性を持たない状態と感染性を持つ状態に分割したSEIRモデルを用い、隔離措置を緩和し経済を再開する際に、ウイルス学的検査と血清検査*5がどのような役割を果たすのかを明らかにした。経済を再開する場合に、無症状感染者を特定するウイルス学的検査の実施は死亡率の上昇を押さえる上でより有効であることがわかった。また、ウイルス学的検査について、PCR検査(高精度)と家庭検査(低精度)を比較した場合、予算制約がある場合は低コストの家庭検査が検査周期を短縮できるため、一定の感染水準下での経済損失を回避できることも明らかになった。日本においても、Kubota(2021)、Fujii and Nakata(2021)、Masuhara and Hosoya(2022)などにおいて、経済活動の再開の影響が議論されている。Kubota(2021)は2021年1月~3月の緊急事態宣言の影響評価とその事後検証、2021年秋期以降の経済再開の影響評価を行う研究である。ここでの経済再開は逆ロックダウンと呼ばれ、感染の影響を受けた産業への補助金として定義される。分析の結果、ワクチン接種が進んだ2021年9月~10月において、4週間の逆ロックダウンの実施は経済厚生を改善させることが分かった。また、Fujii and Nakata(2021)は、感染と産出の関係を捉えたSIRマクロモデルを用い、産出の減少幅、実行再生産数、感染率と死亡率などの重要変数を導出している。更に、2021年1月時点の予測や各種政策効果、変異株の出現などのシミュレーションも行い、それぞれに政策的示唆を得ている。Masuhara and Hosoya(2021)は日本におけるCOVID-19の感染者の推移を分析した研究である。ここでは、(1)感染者数の成長率は初期に最も高く、以降は減少する、(2)感染者数の成長率は感染者・回復者の累積人数の小さい初期において大きく、累積人数の増加に応じて減少するという収束仮説*6が検証されている。都道府県単位での推計の結果、PCR陽性件数の成長率と陽性件数の累積数には負の相関があり、上記の収束仮説が成立していることが確認された。これまでに見てきたように、SIRモデルを組み合わせた経済モデルにより、各種感染緩和策の効果や経済再開にあたっての戦略の研究が国内外で急速に蓄積している。本節で紹介した研究は、(表1)にまとめている。SIRモデルを用いた研究の中には、感染拡大期における感染抑制・緩和とその後の経済再開が扱われていた。感染を抑制するためには、感受性人口と感染人口の接触を制限する必要があり、抑制の強度に応じて消費や労働供給も押さえられ、経済活動は後退する。一方で、経済を再開する場合には、消費・労働を押し上げる必要があるため、所定の対策の下での感染水準が悪化する恐れがある。ゆえに、感染抑制・経済再開の分析にあたっては、感染水準を一定に留める場合にどの程度の経済損失を許容できるか、経済再開の際にどの程度の感染を許容できるかといった議論が行われている。このような、資源の希少性の下である成果(抑

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