ファイナンス 2022年4月号 No.677
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(出所)筆者作成。図2 SIRモデルの概要SIRモデルによる分析用率と労働力率について、大流行直前の2019年第4四半期と2021年第1四半期の平均差分を取ったものである。雇用率の減少は新興国において大きく、若年層や低技能労働者の雇用が低水準にあることが分かる。加えて、女性雇用への悪影響は先進国では改善されているが、新興国で継続していることも指摘できる。また、国際労働機関の報告書(ILO, 2021)には、2021年においても、生産の後退、対面型産業での心理的要因、育児の制約、労働調整や就職摩擦などにより労働時間は回復していないことが記述されている。感染症の分析に広く用いられてきたのが、SIRモデルである。このモデルは人口を病状の進行に応じて、過去に感染しておらず、感染する可能性のある個人からなる感受性人口(Susceptible)、現在感染しており、他者に感染症を移す可能性のある個人からなる感染人口(Infected)、感染症のからの回復後に免疫を得ている、または死亡・隔離状態にある個人からなる回復人口(Recovered)に分割することにより、感染症流行を記述する(図2)。また、感受性人口が感染人口に移動する確率を感染力、感染人口が回復人口へと移動する確率を除去率という。SIRモデルを用いて表現されるのが閾値現象である。これは、感染した個人が回復・死去するまでに何回の感染を引き起こすのかを示す再生産数と、感受性の無い人口割合に依存して、感染者数の挙動が異なる現象2.コロナ・ショックの経済学的解釈以下においては、経済学の諸研究がCOVID-19の性質や経済への影響をどのように分析しているかを紹介する形で、コロナ・ショックの経済学的解釈を行う。である。再生産数が大きい場合には、特定地域内で急速に感染が拡大する流行(Epidemic)と、国・世界全域で感染が拡大する大流行(Pandemic)が発生する。一方で、再生産数が小さいか感受性人口が少ない場合には、特定地域に継続的に一定の感染者が観測される地域流行(Endemic)の形で感染症が発生する。感染の初期段階には、このSIRモデルを用いて感染者・死亡者の将来予測を行い、感染抑止策の経済・医療に対する効果を分析した研究が公刊され、経済学を用いた分析においてもこのモデルが導入された。特に、社会的距離拡大戦略の効果を検証したのが、Atkeson(2020)とStock(2020)である。Atkeson(2020)は、感染を抑制するには長期の社会的距離拡大戦略の実施を要すること、感染による人的損害と感染抑止策による経済的損害はトレードオフになること、感染緩和策の早期解除は感染の再拡大をもたらし得ることを指摘した。Stock(2020)は、無症状者の存在とその割合の不確実性により、医療システムと経済への負担のトレードオフの下での感染緩和策の調節が難しくなることをシミュレーションにより明らかにした。Atkeson(2021)は、SIRモデルを用いた感染者・死者数の予測値と実際のデータを対比する形式でモデルの再評価を行っている。流行初期の米国にSIRモデルを適用した場合、(1)第一波のピーク時に全人口の10~20%が感染する、(2)感染抑制の短期的実施は第一波のピークを遅らせるのみである、(3)パンデミックが収束するまでに全人口の3分の2が感染するなどの結論が得られていた。一方で、現実には、米国では全人口の感染率は2%に満たず、予測に比べ感染規模は少なかった。この乖離の要因としてAtkeson(2021)は、感染を防止する私的努力は感染率に依存して変化しやすいため、社会選択を通じて決定する社会全体の感染対策は感染率に依存して大きく変化する

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