ファイナンス 2022年4月号 No.677
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*1) 本稿は、財務総研リサーチ・ペーパー『感染症と経済学』(20-RP-06)、ファイナンス寄稿文『コロナ・ショックと教育・経済格差についての考察』(2021年1月号)の一部を抜粋の上、感染症と実体経済の動向、新規の学術成果を補完し、必要に応じて修正・加筆を行ったものである。これらのレポートの共同作成者である、森有理元主任研究官、高橋尚吾元主任研究官、および『感染症と経済学』に貴重なご意見を下さった早稲田大学の久保田荘准教授にあらためて感謝を申し上げる。本稿の作成にあたっては、上田淳二氏(財務総合政策研究所総務研究部部長)を始め様々な方より貴重なコメントを頂いた。ここに厚く感謝を申し上げる。なお、本稿の内容は全て執筆者の個人的見解であり、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではない。本稿における誤りはすべて筆者によるものである。財務総合政策研究所総務研究部財政経済計量分析室前研究官 高崎経済大学経済学部講師/財務総合政策研究所客員研究員 髙橋 済*161.経済の状況新型コロナウイルスについて2019年12月に湖北省武漢市の集団感染に端を発するとされる新型コロナウイルス感染症(以下COVID-19)は、グローバル化が進んだ経済活動を通じて瞬く間に全世界に波及した。日本においても、2020年1月16日に神奈川県で国内第1例目となる感染者が発見されたのを皮切りとして、同年2月には北海道・東京などで集団感染が発生するなど、感染者は2月から3月にかけて漸増していった(岡部,2020)。また、国外における感染の拡大は顕著であり、世界保健機関(WHO)は憂慮すべき拡大水準と深刻さとにより、2020年3月11日にCOVID-19は世界的大流行として特徴づけられるとの見解を提示した(WHO,2020)。周知のように、2020年1月以降から今日に至るまで、COVID-19は人類の生命を直接脅かすにとどまらす、全世界の社会・経済に深刻な影響を与え、人々の社会・経済行動にすら変化を強い続けている。こうした感染症と経済の関係性は、人々の経済行動を学問の対象とする経済学の主要な分析対象の一つであり、2020年以降の世界的大流行の下では各国の経済学者にとって、最も関心のある、かつ、喫緊の研究課題として取り扱われてきた。例えば、全米経済研究所(NBER)特設ページにおいては、2022年3月の時点において、COVID-19の世界的大流行を取り扱った530本の論文が抜粋・掲載されている。また、英国の経済政策研究センター(CEPR)は即時性を重視し、査読を簡略化した刊行物“COVID Economics Vetted and Real-Time Papers”を発行しており、2020年4月3日の第1号から最終号である2021年7月2日の第83号に至るまで研究論文が蓄積されていった。日本においても、日本経済学会の特設ページにおいて国内のCOVID-19関連研究がまとめられているが、2022年2月時点で16分野、266本の研究論文が掲載されている。20世紀の世界的大流行であるスペイン風邪は収束するまでに3年を要した。そして、21世紀の大流行であるCOVID-19は開始から3年目を迎える。ワクチンの接種、治療薬の開発は進展し、各国の感染症・経済データも揃いつつある。この段階において、感染症と経済の関係性について、経済学が何を明らかにしてきたのかを振り返ることには意義があるだろう。本稿においては、上述の問題意識の下に、(1)感染症流行下での経済の動向、(2)COVID-19に関連した経済学上の研究成果を紹介し、大流行期における感染症と経済の関係性を紹介していく。2022年3月4日時点で全世界において、約4億4200万人の累計感染者、約600万人の累計死者をCOVID-19はもたらしている。日本においても、累計感染者は約528万人、累計死者数は約2万4600人に及ぶ。COVID-19の特性として、無症状感染の存在と、再感染とを挙げることができる。無症状感染については、Ma et al. (2021)が約3000万症例を捕捉したサーベイを行っており、検査対象例の0.25%、感感染症と経済学 -“3年目”を迎えて-

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