ファイナンス 2022年4月号 No.677
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※ 本稿に記した見解は筆者個人のものであり、所属する機関(財務*27) Stephen D. Collins(2014), op.cit.*28) Ethnically or Racially Motivated Terrorism Financing, FATF, June 2021*29) テロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約第2条第1項(b)*30) 安藤貴世『国際テロリズムに対する法的規制の構造:テロリズム防止関連条約における裁判管轄権の検討』国際書院、2020年4月7日、P.82-84省及びIMF)を代表するものではありません。図表4:テロ資金供与防止条約の構造(再掲・概念図、筆者作成)に「薄く広く」の様相を呈してきているところ、これらは、伝統的なチャンネル以上に捕捉しづらい*27。加えて、政治的な極右思想等、テロの動機も多様化しており、こうした団体も、従来のテロ組織と比肩し得る資金ネットワークを構築しつつあるとされる*28。こうして見ると、テロ資金規制は各国の政治的立場の違いという、根源的な脆弱性を抱えるものであることに加え、今日的な課題も積み増されていく一方である。しかし、このような様々なレベルの制約を認識してなお、テロ資金規制はテロ防圧に対し、個別の実行犯の摘発では生み出せない大きな効果を期待できるものである。米国が9.11後に、「対テロ戦争」の中軸の一つに資金規制という金融面での闘いを据え、尚且つ強力に国際的枠組みに敷衍していったことが、その何よりの証左である(第8章参照)。また、FATFという土俵の上で、対立する国家同士は曲がりなりにも席を並べ、議論のテーブルについている。テロ支援を指摘されるイランやパキスタン、またサウジアラビアといった国も、それぞれの立ち位置から、国内でのテロ資金対策を少しずつではあるが進めてきている。決して一枚岩ではない彼らの体制内で、テロ防圧を推進しようとする勢力は、世界の地下資金対策の枠組みを、またとない健全な外圧と考えていることは間違いない。これに加えて、テロ資金供与防止条約が、世界のテロ対策にもたらし得る、大きな進展を指摘する向きもある。今一度、前章で見た、同条約が資金供与を規制している対象を確認してみよう。ここではテロ資金供与の対象として、他条約を根拠とする行為類型(付属書列挙事項)とは別に、政府等に対する脅迫の意味を込めた文民への攻撃等といった、ある程度実質化された基準が含まれている*29。もっともここでも、そのような行為が「テロ」であると真正面から規定されている訳ではない。しかし、国際的な合意の下で、規制対象が単なる「テロ的な行為」の束からはほんの半歩だけ拡張され、包括的なテロ防止条約への足掛かりとなり得る普遍的概念の片鱗が提示されていることには、法的観点からも一定の意義を認めることができる*30。言うまでもないが、そもそもテロリズムは長い歴史から連なる民族問題や差別、社会・経済的格差等を背景とした根深い問題であり、一つの方面からのアプローチで解決できるようなテーマではない。しかしその中にあってテロ資金規制は、テロリズムの悲劇をなくすという多くの人々の願いに対し、気が滅入るような限界と同時に希望に満ちた可能性をも、提示しているのである。冒頭で触れたアフガニスタン侵攻に際して、ソ連は「社会主義陣営全体の利益のためには、そのうち一国の主権を制限できる」という制限主権論を理論的な盾とし、これは別名ブレジネフ・ドクトリンとしても知られる。2022年2月、ロシアのプーチン大統領は、法的正当性を強弁し、ウクライナの主権を蹂躙する形で軍事行動を開始した。正に、目の前で歴史が繰り返されている。このような武力による暴挙を、更なる武力ではない方法で抑える為に、最も強力と言われるのは金融制裁である。次章では、FATF基準にも取り込まれたこの金融制裁というツールの実効性について、検証していきたい。

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