ファイナンス 2022年4月号 No.677
60/102

*10) 板垣雄三編『「対テロ戦争」とイスラム世界』岩波書店、2002年1月18日、P.95-100(酒井啓子)*11) 保坂修司『サウジアラビア:変わりゆく石油王国』岩波書店、2005年8月19日 多谷千香子『アフガン・対テロ戦争の研究:タリバンはなぜ復活したのか』岩波書店、2016年3月25日、P.26-37*12) Daniel Byman (2005), op.cit. P.224-238*13) Willian Roberts, Families expect US release of FBI report on Saudi role in 9/11, Al Jazeera, Sep 10, 2021*14) “It does not appear that any government other than the Taliban financially supported al Qaeda before 9/11, although some governments may have contained al Qaeda sympathizers who turned a blind eye to al Qaeda's fundraising activities. Saudi Arabia has long been considered the primary source of al Qaeda funding, but we have found no evidence that the Saudi government as an institution or senior Saudi of■cials individually funded the organization.(This conclusion does not exclude the likelihood that charities with significant Saudi government sponsorship diverted funds to al Qaeda.)Still, al Qaeda found fertile fund-raising ground in Saudi Arabia, where extreme religious views are common and charitable giving was both essential to the culture and subject to very limited oversight. Al Qaeda also sought money from wealthy donors in other Gulf states.”(Chapter 5.4, 9/11 Commission Report, The National Commission on Terrorist Attacks Upon the United States, July 22, 2004) 邦訳については住山一貞『9/11レポート 2001年米国同時多発テロ調査委員会報告書』(ころから社・2021年9月11日)に依拠。なお、訳者の住山氏は9.11でご子息を亡くされ、その後、ライフワークとして本報告書の翻訳に取り組まれた。故人への哀悼の意と、訳者の営為に対する心からの敬意を表する。*15) 9/11 Commission Report(2004), op.cit., Chapter12.2 1979年、武装集団によって占拠され、煙が上がるメッカのアルハラム・モスク(出典:Public Domain)しかし、サウード家の支配が批判される根本的な理由は、アフガン戦争を経ても何も変わることはなかった。それは、第二次世界大戦後に石油の採掘・供給を軸として確立された、経済から安全保障までに至る、米国との強い繋がりである。米国は、ことサウジアラビアに関しては石油利権や親米・反ソ性といった実利を重視し、体制の非民主性といった理念の点は脇にのけてきた。一方で、サウジアラビアも米国への依存を深めていく*10。しかし湾岸戦争に際して、異教徒である米軍の駐留を認めたことは、保守的な教義を奉ずる層にとっては一線を超える暴挙だった。特に、英雄視されることを夢見てアフガンから帰還したジハディスト達は、「出戻りの過激分子」として、ただでさえサウジの体制から疎まれる存在となっていた中、この事態をきっかけに、母国に対し完全に失望する。こうして、また多くの若者たちがアフガニスタンやその隣国パキスタンに渡り、武装勢力に合流していった。その内の一人が、アル・カーイダの創始者であるウサマ・ビン・ラーディンである*11。そして国内、更には体制の中にも、親米路線に割り切れぬ思いを抱え、密かに彼らに宗教的理念として共感する者達が多く存在するのである*12。このような歴史を振り返れば、9.11の実行犯19人の内15人がサウジアラビア出身者で、その中には滞在先の米国で、駐在サウジ外交官と接触していた者がいる疑惑が報告されていること*13、そして、同国からアル・カーイダを含む過激派への資金提供が、何らかのチャンネルにより行われていたとの指摘があることについても、むしろ自然なことと溜飲が下がる。但し、国家全体としてはサウジアラビアは依然強固な親米国である。そして9.11の米国調査委員会報告書は、サウジアラビア政府の資金提供を検討した部分が、その機微性から長らく非公開とされていたが、2016年7月15日、同国政府の法的責任を問う事件遺族の声にも押され、その全容が明らかになった。結論として報告書は、サウジアラビア政府が、組織としても高官個人としてもアル・カーイダへの資金提供に関わっていたという証拠は発見できなかった、とした。しかし同時に「一部の政府には、アル・カーイダの資金調達活動に目をつぶり、見て見ないふりをしたアル・カーイダ同調者がいたかも知れない」、「この結論は、サウジアラビア政府が重要なスポンサーになっている慈善金が、アル・カーイダの資金に転用された可能性を排除するものではない…アル・カーイダは肥沃な資金調達の地盤をサウジアラビアに見つけていた。同国では極端な宗教見解が一般的であり、また慈善寄付は文化の本質であるとともに、非常に緩い管理下にある」として、先述の『弱い支援』の可能性までは否定しなかった*14。報告書は、性急な見解の提示は避けつつも、サウジアラビアという国が持つ二面性について、相当に明瞭な形で警鐘を鳴らしたのである*15。公正を期すために付言すると、サウジアラビア政府は特に9.11以降、国内外の圧力を受け、FATF基準に準拠した形で慈善団体に対する規制や金融機関による

元のページ  ../index.html#60

このブックを見る