ファイナンス 2022年4月号 No.677
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*14) この数値は宮中(2015)に基づいています。*15) ガイトナー(2015)ではカントリーワイドの事例を用いて、クリアリング・バンクであるBONYがカントリーワイドに対するクレジット・リスクを採ることを拒否したという事例を紹介しています。ガイトナー(2015)では「MMF(マネー・マーケット・ファンド)その他の投資家がカントリーワイドにひと晩貸し付けた現金を返さず、担保としてカントリーワイドが預けている証券を貸し手に与えるという脅しだった。(中略)さらに、同社に短期の貸し付けを行っていたMMFやその他の投資家は、ほしくもない証券を押し付けられる。その中には、すでに価格が急落した住宅ローン関連証券も含まれている。投資家たちはカントリーワイドに似た他の会社からも資金を引き揚げようとするかもしれない。そうなると、2兆3000億ドルのトライパーティ・レポ市場全体で取り付けが起きるだろう」(p.159)と説明しています。*16) 一方、普通の投資信託においては、投資家はリスクを受け入れて高いリターンを享受することを求めるため、損失を計上したら直ちに引き出すという行動はとりません。*17) 取り付けについて経済学では、Diamond–Dybvigモデルなどで説明されます。詳細は銀行論のテキストなどを参照してください。*18) リザーブ・プライマリー・ファンドは1971年にMMFを開始したリザーブ・マネジメントが運営するMMFであり、他社より高いリスクをとることで高い利回りを提供することで成長したファンドとされています。このファンドがリーマン・ブラザーズのCPに7850億ドル投資しており、その実質的価値がゼロになるということが起こりました。このことは同ファンドの取り付けを誘引し、それが他のMMFへの取り付けへ拡大していったとされています(ここでの記述はバーナンキ(2015)のp.18などを参照しています)。に与信を与えることもやっている」(ガイトナー, 2015, p.159)としています。すなわち、当時は、非常に短期とはいえ、クリアリング・バンクがクレジット・リスクを負う構図が存在していました。これは通常時は問題にならなかったのですが、金融危機時にはクリアリング・バンクがこのリスクを忌避することにより、短期市場における資金融通が困難になる事態が発生しました。また、トライパーティ・レポでは、米国債以外を担保としたレポも活発に行われた点も金融危機時に大きな問題になりました。服部(2022)ではSOFR(Secured Overnight Financing Rate, 担保付翌日物調達金利)の説明に焦点を当てていたためもっぱら米国債を前提にしましたが、米国債以外を担保とするレポも存在します。特に金融危機以前は、トライパーティ・レポの担保として流動性の低い証券化商品が40%程度を占めていたとされます*14。そもそも、前節で説明したとおり、MMFで運用し3.2 金融危機時におけるMMFの取り付けつまり、金融危機時には以下のことが起きたわけです。読者がMMFに100円預けており、その資金はレポ市場で担保付の貸出がなされています。読者としては担保がある短期の貸出を行っているので、仮に相手が倒産したとしても、担保を取ればいいので安心に思えます。しかし、その担保が金融危機時に証券化商品だったらどうでしょう。相手が100円の返済ができずデフォルトしたとして、担保である証券化商品を読者がクリアリング・バンクから受け取ったとしても、それはもはやどの程度の価値があるかわかりません。そのような担保を受け取るくらいならばMMFで運用していた100円を引き出したいと思うでしょう。その結果、金融危機時には皆一斉に引き出しをするということが起こったわけです*15。ている人々は預金の代替として運用しているわけですから、MMFの安全性に疑義が呈された場合、保有者がすぐに引き出すということが起こりえます*16。伝統的な商業銀行では、仮に多くの預金者が一斉に引き出した際、銀行がその引き出しに対応できないがゆえ、テクニカルにデフォルトすることがありえます。これはいわゆる「銀行取付(Bank Run)」*17ですが、これまで説明したとおり、MMFは預金に似た商品性を有していますから、潜在的にはMMFにも取り付けのリスクが存在していました。2008年の金融危機時においてMMFの取り付けの引き金になったのはリザーブ・プライマリー・ファンド*18と呼ばれるMMFの元本割れです。同MMFはリーマン・ブラザーズが発行したCPを保有していました。読者もご存じのとおり、リーマン・ブラザーズが2008年9月に倒産したため、このデフォルトがMMFの元本割れを引き起こしました。もちろん、預金のようにMMFで運用していた投資家からすれば元本割れは許容できませんから、多くの人が一斉に引き落とすことを通じて、MMF市場における取り付けが起きたわけです。図表4はリーマン・ショック後にMMFからどの程度資金流出したかを示していますが、バーナンキ(2015)によれば、リーマン・ブラザーズ破綻の発表後、ほぼ2日間、1日約1000億ドルの資金がMMFから流出したとされています。前述のとおり、MMFはトライパーティ・レポで運用していますから、MMF市場における取り付けが起こることでMMFは資産の投げ売りを余儀なくされますし、証券会社や事業会社にとってはレポやCPを通じて資金調達をすることも困難となります。2008年の金融危機は様々な重要な特徴を有していますが、MMFの取り付けを通じて短期市場に混乱が起きた点は、それまでの金融危機では

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