ファイナンス 2022年3月号 No.676
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状態になります。そういう人がいてもいいと思いますし、私はそういう教育を否定するつもりはありませんが、やはり一握りの生徒は得意科目を一生懸命伸ばして、教科書の枠にはまらないような自由研究をして、そして何らかのコンテストに入賞する、あるいは自分の研究が新聞記事になるなどの成果を出して、その成果をアピールしてAO入試で大学に入学する。中途半端に共通テストの準備はしないという、そういう気概と勇気がある生徒さんがいたら、私たちの研究所が受け入れて全面的に応援することにしています。人と違うことをすると、それが独創的であればあるほど、周りの人からはまともに信用されません。でも「本当のブレイクスルーは、最初はホラに聞こえる」と私はある番組で言いました。地球は丸いとか、光は曲がる、とか言っても、最初は「そんなわけないだろう」と馬鹿にされるわけです。関山さんたちのクモの糸も、すでにNASAなどが大金をかけて研究開発していたのにうまくいっていないことを、大学4年生がゼロから始めたのです。「そんなのできるわけないだろう」とみんなから馬鹿にされていたのです。人工のクモの糸が本当にできるのか本人も半信半疑でした。できないかもしれないが、もしできたら大きなインパクトがある。だからチャレンジしない理由はない、と関山君は使命感を持って突き進んだのです。日本には「三振してはいけない」という失敗を許さない風潮がありますが、ベストを尽くして挑戦して空振りに終わった場合は、「ナイストライだった!」と拍手で称える文化を根付かせる必要があると思っています。さもないと誰も新しいことに挑戦しなくなってしまいます。福沢諭吉の「異端妄説の譏を恐ることなく、勇を振て我思う所の説を吐くべし」という言葉があります。これは馬鹿にされることを恐れるな、ということで、私なりに現代語訳するなら「流行や権威に迎合して点数を稼ぐ優等生ではなく、批判や失敗を恐れず勇気をもってやれ」ということだと思います。私は20年間鶴岡の研究所でこの文化をとても大切にしてきました。私は「普通は0点」、つまり「その研究は普通だよね」と言われたら、ここでは全否定を意味します。「人と違うことをやろう。普通のことはやる人が沢山いるから、その人たちに任せて、私たちは違うことをやろう」という文化をずっと守り続けています。5.なぜ?大企業から続々と山形へ移住2018年から人材育成などを目的として大企業の社員を受け入れるプロジェクトをはじめました。目指すのは「文理融合」です。実際に世の中に存在する問題で、文系だけで解決できる問題はもはやないし、理系だけで解決することもできません。大企業の方とお話しすると、口をそろえて「うちの社員はみな優秀だが、人と違うことをするような人がいない。」と言います。誰かが人と違うことをしないと、社会も組織も進歩しません。そういう人たちを応援するのが慶應義塾大学の理念です。はじめに大手損害保険会社から人材を受け入れ、東京から鶴岡にやってきました。派遣期間は決まっておらず、会社からは無期限と言われ、さらに、社会人学生に与えられた課題は何一つありません。彼らのうちの一人は、先端研の健康に関する技術 と鶴岡の旅行を組み合わせたヘルスツーリズムをテーマに研究を続けています。彼は鶴岡での生活について「本当に刺激しかない。社員を放牧させて何もない環境に置くと、必死に考えて、もがきながら、苦しみながらやっていく。その過程が、主体的に動く人間を作るトレーニングになっているのではないかと思う。」と言っています。送り出した企業は「単に勉強の場、研修の場で終わらせるのではなく、鶴岡の地で新しい事業を作り上げるまで何年かかってもいいので、ぜひやってもらいたい。」という思いで社員の成長を見守っています。はじめに大手損害保険会社と協定を結んで2人を受け入れ、それが新聞記事になると、今度は大手生命保険会社が「社員を送り込みたい」と言って協定を結ぶことになり、またその新聞記事を見て、とIT企業や証券会社などから現在10名の受け入れを行っています。これらの企業は今のところ好調ですが、10年後、20年後までこの状況が続くのか非常に危機感を持っています。今好調なビジネスモデルが20年後も続くとは到底思えないと言います。だから新しいことをしなければならないけれども、何をやっていいのかわか ファイナンス 2022 Mar.77上級管理セミナー連載セミナー

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