ファイナンス 2022年3月号 No.676
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くなりますし、ゴムが使われているビルの免震構造にも使える可能性もあります。まずはアパレルの分野で勝負することになり、同社が開発したタンパク質素材を使ったアウトドアジャケットを大手スポーツ衣料企業と共同開発し、製品化を実現しました。また、有名な日本のブランドや、著名な若手日本人デザイナーと提携もしています。Spiber社は人工のカシミヤも作っています。カシミヤはカシミヤ地方のヤギの毛ですが、ヤギの毛は羊の毛よりも細いので、ウールよりも手触りが良く保温性があります。だからカシミヤのセーターは高価なのです。一方でカシミヤのセーターを一枚作るのにヤギは3頭必要です。ヤギは草を食べ、げっぷをしてそれが温室効果ガスになるので、非常に環境負荷が高いといわれています。Spiber社の技術は脱炭素に対応しているほか、動物素材を使わないアニマルフリーという動きにも対応しています。また、主に医療用のウィッグ(かつら)は合成繊維で作られますが、あまり水にしならず、不自然な感じがするものもあります。人間の髪の毛でできたウィッグは高価でもありますので、Spiber社は日本のウィッグメーカーとバイオマスから人工的に毛髪を作る共同開発を行っています。Spiber社はナイロン、ポリエステルをたんぱく質素材に置きかえることを数十年後の目標にしています。なぜならナイロン、ポリエステルは石油由来のもので、石油は60年から80年のうちに無くなるといわれている有限の資源です。誰かがナイロン、ポリエステルに代わる素材を開発して、安価に普及させることが人類社会にとって必要なのです。Spiber社はその大きなミッションに取り組んでいます。もう一つ注意すべきことがあります。ナイロンやポリエステルでできた服を洗濯機で洗濯すると、摩耗してマイクロプラスチックが洗濯機から流れ出て、最終的に海に流出します。洗濯水から出るマイクロプラスチックごみの量は毎年50万トンで、このことが今、大変問題になっています。脱石油、脱プラスティック、脱アニマルのSpiber素材はSDGsの観点からも世界を変えるゲームチェンジャーになると思います。Spiber社は2021年3月にタイに工場を作りました。鶴岡の工場の100倍の規模です。さらに2023年には米国アイオワ州に、既存の施設を改良して、タイの工場の10倍、つまり鶴岡の工場の1,000倍の規模の工場ができる予定です。「なんだ、Spiber社は結局海外に行ってしまうのか。」と思われる方もいるかもしれませんが、同社の工場はほぼ全自動で約20名が働いているだけなので、雇用が失われているということではありません。そして会社のかなめの研究開発は鶴岡の本社から絶対に出さない方針だと聞いています。4. 意欲ある高校生を研究助手、特別研究生に私たちの研究所では、地元の高校生を受け入れる制度が2つあります。一つは研究助手としてアルバイトで研究を手伝ってもらう制度で、もう一つは高校生の自由研究を応援する特別研究生という制度です。地元の高校生には、得意分野をどんどん伸ばして、それで社会に貢献できる人材になってほしいと思っています。私は大学合格を目的にした教科書だけの勉強に大きな疑問を感じています。教科書には全部正解が書いていますが、世の中では正解が決まっているものはめったにありません。やってみないとわからないし、あるいはどうやればよいのか自分で作戦を考えないといけません。これはとても大切なことで、今の日本に足りないところだと思います。2009年に鶴岡中央高校から4人を受け入れたのを皮切りに、これまで受け入れた人数は延べ250人を超えています。毎年4月になりますと、チラシを作って市内の高校生一人一人に渡すのですが、こういうことができることが小さい町の良いところだと思います。応募条件にはとてもハードルが高いことが書いてあります。ひとつ目は「世界的な科学者になるという強い意欲」、2つ目は「地元を世界的な都市にするという高い志」、3つ目は「採用されたらその研究成果をアピールすることによって、AO入試または推薦入試で大学受験するという気概と勇気をもっていること」です。つまり採用されたら、受験勉強はしないでください、という条件が付いているのです。いわゆる偏差値教育というか、五教科七科目で勝負したり、或いは大学入学共通テストの準備をするとなると、大抵の場合、苦手科目を克服することに結構な重点が置かれ、得意科目はそのまま置いておくという76 ファイナンス 2022 Mar.連載セミナー

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