ファイナンス 2022年3月号 No.676
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2001年に慶應義塾大学が鶴岡市に進出してから今までに7つの会社が立ち上がり、どの企業も好調です。創業者は当時の准教授や、大学院生、研究所の若手・中堅ですが、私がベンチャーを立ち上げるように言ったわけではなくて、彼らが自らグループあるいは個人の突破力で起業しています。これら企業の従業員数は合計で550名ほどで、慶應義塾大学の人員まで含めると700名近くになります。鶴岡市の労働力人口はだいたい7万人ですので、約1%にあたります。鶴岡サイエンスパークにはまた、世界レベルのがんの研究機関である国立がん研究センターと慶應先端研が連携して、「国立がん研究センター・鶴岡連携研究拠点『がんメタボロミクス研究室』」も設置されており、がんの治療法やバイオマーカーの探索などに取り組んでいます。この4年ぐらいで国内外でも注目してもらえるようになり、Forbes Japan誌の“日本を面白くする「イノベーティブシティ」10”という記事で鶴岡市が第3位に選ばれました。首相官邸の国際向け広報のページにもひとつの成功例として鶴岡サイエンスパークが挙げられていますし、さらに慶應義塾大学先端生命科学研究所を核に構成された「鶴岡サイエンスパーク」が、2021年6月に内閣府から「地域バイオコミュニティ」として認定されています。3.慶應鶴岡発のベンチャー企業先ほどの7つのベンチャー企業のうち、最初に起業したのは2003年のヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ(HMT)社です。このベンチャー企業は分析技術を核としています。これはサンプルの中に数百種類の様々な成分がごちゃ混ぜに入っているものを一回の測定でほぼ全部定量してしまうメタボロームという技術です。2002年に特許を取得して、日本発の技術としては国際競争力があるとJST(国立研究開発法人科学技術振興機構)から認定を受け、2013年に東証マザーズに上場しました。日本の上場企業は数千社ありますが、山形県に本社を置く上場企業はそれまで8社しかありませんでした。山形県と鶴岡市が慶應義塾大学を誘致して13年目にHMT社が山形県内で9社目の上場企業になり、鶴岡市で唯一の上場企業になりました。慶應義塾大学先端生命科学研究所が鶴岡市にできた当初は地元からクールな反応もありましたが、上場企業の誕生で「なにか大きな産業が生まれつつある」という認識が広まり、2013年以降は「鶴岡の未来の希望だ」と言ってもらえるようになりました。サリバテック(Saliva Tech)社は、小さな容器の中にごくわずかの唾液を出すだけで、乳がん以外にも肺がんや大腸がんなど6つのがんのリスクを一度に検査できる技術を開発しました。この検査は全国1,400の医療機関で実施されていて、去年からは自宅で唾液を出して郵送するサービスを始めました。まだ保険が適用されないので少し高いのですが、すい臓がんも検査できるということで、とても期待されています。Spiber社は2013年に軽くて強くて伸縮性のある、夢の合成クモ糸の量産技術を確立し、世界中から注目を浴びました。代表執行役の関山和秀さんは大学4年生の時、飲み会の席で「クモの糸って強いらしいね。なんで実用化されないのだろうか。」と話題に上り盛り上がったことをきっかけに研究をスタートさせました。その分野はすでにNASAや米軍等名だたる組織が研究に取り組んでいたのに、成功していませんでした。だから周囲の反応は懐疑的を通り越して否定的でした。しかし、私は関山さんの研究を面白いと思いました。失敗してもそこから学べばいいのです。NASAができなかったのだから、大学生がやっても無理だろう、というのは、理論的に無理だということではありません。彼らができると思うなら、気の済むまでやればいいし、やってみて、やはりできなかったとなれば、時間の無駄だったと考える人もいるかもしれませんが、私はそういう過程が人を成長させると思います。関山さんは、人工クモ糸にインスパイアされ、たんぱく質素材を自由自在に開発できる技術を開発しました。紡糸技術を使ってこのたんぱく質を繊維にすることもできますし、フィルム状にしたり、ジェルにしたり、様々な形にすることができます。ですから、強くて軽くて伸縮性がある夢の繊維と言われ、そのアプリケーションは無限にあるといっても過言ではありません。輸送機器や車の部品に使えば、軽いので燃費が良 ファイナンス 2022 Mar.75上級管理セミナー連載セミナー

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