ファイナンス 2022年3月号 No.676
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行動計画が取りまとめられた*13。この中で特に重要な事項は、(1)テロリストの資産凍結を定めた国連安保理制裁決議の実施*14、(2)既に述べたテロ資金供与防止条約の早期批准、そして、(3)FATFが関連特別勧告の発出を始め、テロ資金規制において積極的な役割を果たすことが、強く求められたことである。(3)との関係では、実際、同月の内にワシントンで急遽FATFの特別会合が開催され、テロ資金規制に係る8つの特別勧告が採択された*15。9.11事件の発生からこの間、僅か2か月足らず ― 威信を傷付けられた超大国が、電光石火の立回りでグローバルな議論を牽引する中での、地下資金対策・2番目の柱の誕生である。現在では、FATF基準の中でテロ資金規制は、マネロン規制とほぼパラレルに扱われている(図表6)。まず、各国はテロ資金供与を国内法の下で犯罪化することが求められる(勧告5)。その上で、官民双方によるリスクの特定・評価、金融機関を始めとした事業者による顧客管理等の水際措置や、疑わしい取引を検知した場合の報告、それらに関連する要素としての実質的支配者(BO)等については、マネロンと共通の勧告・有効性指標が当てられている。それを受けた当局の捜査・訴追等に関しては、マネロンに対する有効性指標7の大枠をトレースした形で、指標9が設けられている。これらに加え、TFSという独自の要素が加わることは、前述の通りである。図表6:地下資金対策の各段階(再掲・筆者作成)③捜査の端緒の獲得~処罰(事後対応)【官】提出された情報の活用、捜査・訴追、国際協力【民】疑わしい取引報告の提出②顧客管理等・金融制裁の実施(水際措置)【官】事業者の措置実施のための法令・インフラ整備、監督【民】本人確認・顧客管理・取引謝絶、金融制裁の実施①リスクの特定・評価(資源配分)【官】国としてのリスク分析・共有【民】業態・個社ごとのリスク分析*13) G7 Action Plan to Combat the Financing of Terrorism, October 6, 2001*14) United Nations Security Council Resolution(UNSCR)1373, September 28, 2001*15) FATF Special Recommendations on Terrorist Financing, October 30, 2001同時に、FATF基準の中にテロ資金関係の規則を入れるだけに留まらず、米国はFATFという枠組み自体の加盟国拡大にも積極的に乗り出す。特に力を入れたのは、ロシア・中国という二大国の加盟促進と、テロ資金との関係で特に重要性の高い、中東・北アフリカへの地域的拡大であった。前者については長い交渉の末、ロシアは2003年、中国は2004年にそれぞれ加盟を実現している。ロシアでは、加盟に相前後して国内のマネロン規制を急ピッチで進め、多くの銀行の免許剥奪等を行ったが、旗振り役であった中銀副総裁がその過程で暗殺されるなど、血なまぐさい歴史を伴うものになってしまった。後者に関しては、第3章で触れた、FATFの実質的地域支部であるFATF 型地域体(FSRB:FATF-Style Regional Body)を、中東・北アフリカ地域に設立することが目指された。この努力は、2004年にバーレーンでMENA-FATFという名の機関が設立されたことで、晴れて実を結ぶこととなる。MENAはMiddle East and North Africaの略であり、全体として「メナ・ファトフ」と呼称する。9.11以前、FATFはそのマンデート・地域的カバレッジ双方の意味において、ややもすれば局所的な存在であった。9.11とそれを受けた米国による「国内政策の国際化」の推進力は、そのようなFATFの態様自体にも、大きな変容をもたらしたのである。以上の通り、テロ資金規制という櫓は、テロリズム・テロリストという基礎概念に対する合意の不在という、致命的な脆弱性を抱えつつも、9.11というモメンタムを得て、極めて短期間の内に大きく、高く組み上げられてしまった。しかしその矛盾は、「国家によるテロ支援」として顕在化する。それは、テロを防圧すべき側にいるはずの国家が、テロ組織(ないしは、対立する立場からそう看做されるもの)に対して金銭その他の援助を行っているという、皮肉な現実である。次章においては、この点を含め、テロ資金規制が現状において抱える問題点を見ていきたい。※ 本稿に記した見解は筆者個人のものであり、所属する機関(財務省及びIMF)を代表するものではありません。 ファイナンス 2022 Mar.73還流する地下資金 ―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―連載還流する 地下資金

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