ファイナンス 2022年3月号 No.676
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が、この事件も、9.11後の米国の「戦時体制化」と呼ぶべき状況の中に位置付けられるものである。一連の法制は、テロ組織へ打撃を与えるための攻撃という「槍」と、治安維持を目的とした「盾」という二面性を持つとともに、平時と戦時の境界を取り除き、日常の全てをいわば両者の融合状態に置くものと評価される。中でも、アル・カーイダを始めとしたテロリストへの資金遮断は、これらの法制の中核をなすものの一つであり、かつ、その象徴的な存在と言えよう。ブッシュ大統領は、事件発生後直ちに、テロとの闘いの重要な戦略の一つがテロリストの資金遮断である旨、言明した*10。テロ資金関連法制はそれ自体として、金融システムをテロリストの濫用から守るという受動的な盾であると同時に、武力行使と組み合わせ、テロリストを能動的に追い詰めるための槍なのであり、またその運用に当たっては、平時・戦時という峻別自体意味をなさない。米国政府内でその任務を負ったのは財務省、そして特にその中でも中心となったのは、外国資産管理局と呼ばれる部局である。この部局はその英文名称からOFACと呼称され*11、前身は第二次世界大戦中に、敵である日独伊各国の企業資産等を管理したオフィスである。朝鮮戦争中の1950年代には、北朝鮮側を実質的に支援した中国の資産を管理し、その際に正式に現在の名称となった。その後は、1962年のキューバ危機や1979年の在イラン米国大使館占領事件等、時代の節々において、OFACは「米国の敵」と看做された国への金融制裁を担ってきた。そんなOFACが、9.11後今度はテロリストという新たな敵に対して、全面的な闘いを挑むことになったのである。その経緯については、当時何れも米国財務省の高官であったファン・ザラテ、ジョン・テイラー両氏の回顧録から、詳細に追体験することが可能である*12。これら回顧録のタイトルが表す通り、これは正に米国財務省が闘った、金融面での対テロ戦争であった。第1章で見た通り、米国の、ひいては世界全体の組織犯罪との闘いは、米国*10) “We will direct every resource at our command to win the war against terrorists:every means of diplomacy, every tool of intelligence, every instrument of law enforcement, every financial influence. We will starve the terrorists of funding, turn them against each other, rout them out of their safe hiding places, and bring them to justice.”ブッシュ大統領声明、2001年9月24日*11) Ofce of Foreign Assets Control*12) Juan C. Zarate, Treasury’s War – The Unleashing of a New Era of Financial Warfare, Public Affairs, September 10, 2013 John B Taylor, Global Financial Warriors – The Untold Story of International Finance in the post-9/11 World,W. W. Norton & Company, January 17, 2008(日本語版:中谷和男訳『テロマネーを封鎖せよ―米国国際金融戦略の内幕を描く』日経BP社、2007年11月26日)財務省がアルカポネを脱税容疑で捕えたところから始まった。この意味で、米国では日本と比較にならない程、財務省のエンフォースメント機関としての色彩が元々から濃いが、それは、彼らとしての「対テロ戦争」を通じ、累次の権限・組織拡大を経て更に強化されていくこととなる。テロ事件後の一連の法制とその執行を通じ、米国当局は、国内においては金融分野でもインテリジェンス機能を拡大し、これまで開示されてこなかった金融情報にアクセスすることで、伝統的なマネロン規制の政策ツールをテロ資金に対しても発展させていった。冒頭でも再度強調した通り、テロ組織・テロリストの多くが麻薬等の犯罪収益にその活動維持を依存しているという観点からも、これは合理的な方向性であった。並行して米国は、他国との関係でも、テロ資金規制に協力を求めるデマルシュを強力に行った。こうして、本稿でテーマをまたいで既に何度も登場した米国の「国内政策の国際化」は、テロ資金規制において一層顕著な形で現れることとなる。米国は、テロ発生から僅か一週間余りの9月20日にはG7各国の財務省に働掛けを開始し、その3日後にはアル・カーイダの資産凍結に係る大統領令を発出、28日には国連安保理においてテロリストに対する包括的な金融制裁を定める決議の採択に漕ぎ付けた。更に、10月6日には米国財務省内においてG7の特別会議が開催され、包括的な9.11以降、金融面での「対テロ戦争」の主翼を担う外国資産管理局(OFAC)が入る、米国財務省別館 (出典:AgnosticPreachersKid, CC BY-SA 3.0)72 ファイナンス 2022 Mar.連載還流する 地下資金

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