ファイナンス 2022年3月号 No.676
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れているようなものだ。この点、地下資金対策の第一の柱である麻薬犯罪について、一連の麻薬関連条約が麻薬関連犯罪を正面から規制の対象とし、それらの収益にかかるマネロン規制もその基盤上に置かれていることとは、対照的である。テロ資金規制は、国際社会の妥協の上に成り立つ、ガラス細工の櫓なのである。3.9.11が突き動かしたテロ資金規制「テロ」という基礎的概念の共有なしに組み立てられた脆弱な条約であるテロ資金供与防止条約は、採択当初は各国の政策的優先順位もそれ程高くなく、国内法整備が進まない状況にあった。しかし、イスラエルに関わる2つのテロ事件から30年の歳月を経て、このような不人気な条約のステータスを押し上げる原動力となる新たなテロが、今度は米国で発生する。2001年の9.11同時多発テロ事件である。事件当時、僅か4か国であった締約国は同年を挟んで急増し、翌年には一気に発効に至った。その陰に、米国の強烈な後押しがあったことは、言うまでもない。歴史上、ほとんど本土攻撃を受けたことがない米国の、9.11に対する反応は凄まじかった。事件直後から数年間の内に、ブッシュ政権は「対テロ戦争」関連法制を矢継ぎ早に成立させる。アフガニスタン・イラクへの武力攻撃を大統領に授権するもの、私人のプライバシーに立ち入る公安活動、事態に機動的に対応するための大規模な政府組織再編等々、正に有事法制のオンパレードである(図表5)。後に、アメリカ国家安全保障局(NSA)による広範な情報収集の実態がエドワード・スノーデン氏によって告発され、その内容が、本人出演のドキュメンタリー映画『シチズンフォー:スノーデンの暴露』(原題:Citizenfour)としても発信されたことで、世界に大きな衝撃を与えた図表5:9.11以降の、米国の主なテロ法制(網掛けが資金規制関連)(岡本(2009)をベースに、筆者作成)法令等の名称・制定日目的・内容武力行使授権決議(AUMF)2001年9月18日根拠法は戦争授権法(War Powers Resolution)。テロ攻撃の計画を立案し、関与し、支援した国家、組織、個人に対して、あらゆる必要かつ適切な武力を使用する権限を大統領に授権。アフガニスタン攻撃の根拠とされた。ビン・ラーディン・テロネットワーク資産凍結大統領命令2001年9月23日アルカーイダの資産凍結。アメリカ合衆国愛国者法(USA Patriot Act)2001年10月26日テロ容疑者に対する広範な拘束・捜索・通信傍受、また、ネットプロバイダー・電話事業者・クレジット調査会社等に対する個人情報提出命令権限の授権。2006年3月29日の再授権法により、大部分の規定を恒久化。航空運輸安全法2001年11月19日運輸省に新設された運輸安全局(TSA)に、民間航空機等の運輸手段の安全確保・安全検査の実施責任を負わせるとともに、スカイ・マーシャル(航空保安官)の搭乗を義務付け。国境安全強化・ビザ登録改革法2002年5月14日国務省が「テロ支援国家」と認定した国の市民への非移民ビザ発給を停止、米国に出入国する全ての民間航空機・船舶に、乗員・乗客名簿の提出を義務付け。テロリスト爆弾使用条約施行法2002年6月25日「テロリストによる爆弾使用の防止に関する国際条約」の国内実施法。テロリズム資金供与禁止条約施行法2002年6月25日「テロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約」の国内実施法。対イラク武力行使授権決議(AUMFIR)2002年10月26日根拠法は同上。イラクによってもたらされている脅威から米国を防衛し、イラクに関する全ての国連安保理決議をイラク政府に履行させるために必要かつ適切な軍の使用を大統領に授権。イラク攻撃の根拠。国土安全保障法(Homeland Security Act)2002年11月25日国土安全保障省(DHS)を新設し、司法・財務・農務・運輸等の各省から、移民帰化、税関、動植物検疫、運輸安全等の国境管理に係る機能を集約。その他、サイバー・セキュリティの強化等。2004会計年度インテリジェンス授権法2003年12月13日FBI等に、郵政公社、保険・不動産会社、旅行代理店、カジノ、質屋、ネットプロバイダー、自動車ディーラー等、「犯罪等に関連して利用され易い現金取引」を行う全ての業者から利用者の金融情報記録を提供させる権限を授権。インテリジェンス機関改革・テロリズム防止法2004年12月27日インテリジェンス機関相互の調整機能強化、航空安全の強化、テロ組織・テロ活動及びそれに対する物的支援に係る定義の精緻化等。 ファイナンス 2022 Mar.71還流する地下資金 ―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―連載還流する 地下資金

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