ファイナンス 2022年3月号 No.676
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義上必ず違法・不法なものであるのに対し、テロ資金は「テロという不法行為に使用される資金」であり、資金自体の出自は、合法であるか違法であるかを問わない(図表2)。社会に潜むシンパが、秘密裡に自分の合法収入から組織を支援したり、また、そもそも善意で寄付された募金を、慈善団体がテロ資金として横流しする例も多く存在する。もっとも図表3の通り、テロ組織は自ら麻薬の密売や誘拐・略奪等の不法行為を手掛け、それを資金源にしている例も多く、このような場合には、マネロンとテロ資金の規制が地下資金の還流という形で大きく重なる*3。特に、アフガニスタン・パキスタン・イランの国境地帯が伝統的にアヘンの栽培地であり、テロ組織の収入源になっていることは、人類の不運な偶然と言えよう(第2章参照)*4。第二に、マネロンに比べテロ資金は、地政学的要素への依存が顕著である。無論、組織犯罪を背景とするマネロンに関しても、国によってリスクの高低やその所在は多様である。しかし、テロ資金リスクの、地理的・政治事情的事情に基づく各国間偏差は、それとは比較にならない程大きい。例えば日本について言えば、テロ資金リスクは、東南アジア諸国との比較でも遥かに低い。但し、このことによってFATF相互審査*3) Terrorist Financing in West and Central Africa, FATF/GIABA/GABAC, October 2016 Financing of the Terrorist Organisation Islamic State in Iraq and the Levant(ISIL), FATF, February 2015 中川淳司『経済規制の国際的調和:IX国際経済犯罪規制の国際的調和(第23回)』貿易と関税、日本関税協会、2007年11月*4) 進藤雄介『タリバンの復活―火薬庫化するアフガニスタン』花伝社、2008年10月22日、P.124-128との関係では、テロ資金対策をきちんと行っていることの説明がむしろ難しくなる側面があることは、第4章で説明した。他方、中東地域や国内に独立運動を抱えている国等、テロ組織が活動拠点を持っている国に関しては、自ずとテロ資金リスクも高くなる。第三に、テロ資金対策には、テロ組織関係者をはじめ特定された制裁対象者への資産凍結等の措置という、マネロン対策にはない要素が加わる。これは、「特定対象金融制裁」(TFS:Targeted Financial Sanctions)と呼ばれるもので、国連憲章上の措置として安全保障理事会の決議を経て行われる、加盟国としての集団行動である。TFSは地下資金対策・3番目の柱である拡散金融に関しても存在するため、この点の詳細な考察は別の章に譲ることとする。もっとも、頭出しの意味で述べると、TFSはそれとして独立した出自と、制度設計・運用に係る独自の論点を多く抱えたシステムである。TFSとそれ以外では、同じテロ資金規制といえども本来全く性質が違うものであり、これらが同じ分野に混在していることが、混乱を招いている側面がある。なお、ここで明確に認識しておかなければならない事実がある。我々はテロリスト・テロ組織と聞くと、図表3:代表的なテロ組織の主要資金源等。なお、把握されている情報の粒度等に著しいばらつきがあるため、各組織について、特徴的な資金源および特に具体性のある関連情報のみを抽出した。(出典:公安調査庁(2021)をベースに、筆者作成)テロ組織・活動地域・構成員数主な資金源の内訳等イラク・レバントのイスラム国(ISIL)イラク・シリア1万4,000~1万8,000人 ・シリア・イラクの支配地域において複数の油田地帯などを占拠、同地帯で産出される原油などを密売(現在はほとんど喪失)、遺跡等から略奪した古美術品密売 ・自己鋳造通貨「ディナール」と他通貨との交換を強要することによる、市中からの資金吸い上げ、不動産・自動車販売等の合法ビジネス ・なお2015年以降、支配地の縮小に伴って収入も減少、2017年4~6月の月間平均収入は約1,600万米ドルとなり、2015年の同時期に比して80%以上減少。ただし、支配地喪失後も、過去に獲得した資金5,000万~3億米ドルを保持。アラビア半島のアルカイダ(AQAP)イエメン約6,000~7,000人 ・強盗(中央銀行支店から約1億米ドルを略奪した事績あり)、支配地域の港湾での不法な手数料徴収(毎日200万米ドル)ヌスラ戦線シリア(トルコ・レバノン)1万2,000~1万5,000人 ・中東湾岸地域における富裕層などからの資金支援 ・支配地内の幹線道路などに検問所を設置しでの、不法な通行料の徴収アル・シャバーブソマリア(ケニア・ウガンダ・ジブチ)約5,000人 ・モガディシュの市場の販売人に対して1か月当たり10米ドルを、大規模な企業に対しては7万米ドルに上る不法な「課税」 ・砂糖・木炭の密輸(木炭の密輸では,1年間に少なくとも1,000万米ドルの収益) ・ケニアの関連団体や欧米諸国の支援者等からの支援タリバンアフガニスタン約6万~6万5,000人 ・麻薬取引(年間収入約4億米ドル)、鉱物の発掘・販売 ・近年の年間収入は15億ドルに達するとの指摘クルド労働者党(PKK)イラク・トルコ約4,000~5,000人 ・大部分の資金源は、麻薬取引(米国財務長官は2008年5月、外国麻薬中心人物指定法に基づき、20年以上にわたり麻薬取引に関与してきたとしてPKKを重大な麻薬取引者に指定) ・欧州に所在するクルド人居住地域等を、複数の犯罪行為により資金獲得拠点化(ドイツ・フランス・スペインにおいて、PKKの資金調達に関連しこれまで計24人の逮捕実績あり)ヒズボラレバノン(シリア)約4万5,000人 ・イランからの資金・物資支援(年間約7億米ドル)、同国への経済制裁により減少傾向 ・世界のレバノン人ネットワークを通じた支援(スンニ派・キリスト教徒にも拡大)、合法ビジネスへの大規模投資 ・麻薬取引、ダイヤモンド密輸、自動車窃盗、偽造品取引等(米国当局は2012年8月、ヒズボラの資金洗浄に関連するとみられる1億5,000万米ドルを米国内の銀行から押収) ・西アフリカ諸国での、中古車販売等の資金活動を近年強化68 ファイナンス 2022 Mar.連載還流する 地下資金

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