ファイナンス 2022年3月号 No.676
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新しい世紀に入ってから現在まで、20年超に亘る世界情勢の一断面が、頻発するテロとの闘いであったことは論を俟たない。奇しくもそれは、筆者自身の社会人としての歩みとも重なる。財務省に入省した年、最初の配属先で迎えた秋に、夜の職場のテレビから飛び込んできたツインタワーに激突する2機の旅客機の映像と省内の混乱ぶりは、未だに脳裏に焼き付いている。その数年後、留学先として降り立ったニューヨーク・マンハッタンの事件跡地は、当時まだ更地になったばかりの、文字通りのグラウンド・ゼロであった。更に時は流れ、外交官の立場で赴任したベルギーでは、数日前に自身が利用したばかりの国際空港と、市内中心地を走る地下鉄での同時テロが起きた。自らの平穏な生活を望む気持ち、そして、無差別に事件に巻き込まれた人々への共感は広く共有されているにも拘らず、世界は、未だ頻発するテロに対して解決の糸口を掴めずにいる。包括的にテロを防圧しようという国際的な取組みは座礁を繰り返してきており、その延長線上にあるテロ資金供与の規制というアプローチも、その有効性は認知されつつも、常に空中分解の危うさを秘めている。かかる困難性の本質は、実は余り共有されていない。なぜなら、その理解のためには「テロリズム」や「テロリスト」、そしてそれに対置される国家という存在等、我々が多くの場合所与として疑義を抱くことのない概念を、敢えて溶融し相対化する作業が必要になるからである。本章においては、地下資金対策の2番目の柱であるテロ資金規制について、その歴史的意義と課題を検証する。■テロ防圧には、その資金源遮断が効果的。マネロン規制の対象となる犯罪収益とテロ資金では、後者が合法な出自のカネも含む等、その性質に差異がある。他方、紛争地域での麻薬収益等、両者の重なりも大きい。■国際的なテロ規制の取組みは1970年代に始まるが、テロという基礎的定義に対し、国際的な合意が形成できていないことが根本的問題として残る。これは国際情勢、特に中東問題を巡る各国の立場の違いに由来。■9.11同時多発テロ事件をきっかけに、米国は関連国内法制を急速に整備するとともに、強い推進力を発揮し、自国法制の国際化としてのテロ資金供与防止条約の発効、FATFの役割及び加盟国の拡大を主導した。要旨IMF法務局 上級顧問  野田 恒平還流する地下資金―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―定義なき「テロ」と闘う米国と世界8本章の範囲国家間の共働・軋轢各国の制度設計・実施国際規範・基準の形成犯罪収益テロ資金核開発等資金刑事政策外交・安全保障9.11の直後にパキスタン人記者のインタビューに応じる、国際的テロ組織アル・カーイダのウサマ・ビン・ラーディンとアイマン・ザワヒリ。(出典:Hamid Mir, CC BY-SA 3.0)66 ファイナンス 2022 Mar.連載還流する 地下資金

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