ファイナンス 2022年3月号 No.676
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家の賃貸期間は短くしたい」などと言われ、なかなか条件が合いません。何十軒も見てようやく見つかった3年契約可能という家は、「毎年家賃が上がります(なぜならこの地域は毎年物価も地価も上がるのが当然だから)」というもの。しかも、かなりの割合で。アメリカでは、物価上昇に見合う割合で家賃を上げるのは正当なことと考えられていて、ただ上昇率があまりにも苛酷にならないように住居家屋についてはインフレ率以上に上げてはいけない(ただし例外を許容する場合は除く)というのがルールとなっています。周りに聞けば、これは一般的な慣行で、インフレ率以上に上げるケースもままあるとのこと。このような取引慣行のため、特に商業ビルなどでは、入居して数年経つと既存で入っているテナントの支払う賃貸料は、周辺の新規賃貸料金よりもはるかに高くなるようです。このような事情から、当地の日本企業からは「数年経って家賃が近隣より不相応に高くなったので転居する」という話を何度か耳にしました。物価が上がれば給与もその分上がることがアメリカ社会ではある程度(うっすら)期待できるものの、それが実際にどうなるのか分からない中で、数年後のインフレを織り込んで家賃を約束するのはリスクが高く、なるほど米国では1~2年の短期賃貸契約が一般的なのは自然なことだと思った次第でした。また、賃貸に住む人で短期間でどんどん住まいを引っ越す人が多いのも、できるだけ早く自宅を購入しようと努力する人が多いのも、こうした慣行と家賃が上がることを前提にした考えが背景にあるのかなと思いました。住宅のような、物価上昇を前提にした価格設定を前もってどんどんしていく(言ってみれば消費者・借り手に厳しい)慣行に対して、インフレに対する消費者保護に努めているなと思ったのは郵便料金です。(将来のサービスを保証する郵便料金)こちらでの生活にも慣れてきて、日本に郵便を出したいと思った時のことでした。留学時代に買ってまだ持っていた70セントのアジア向け郵便切手が今も使えるだろうかと疑問に思って新しい郵便料金を調べたところ、世界各地向け郵便は2019年では1.20ドル。1.7倍です。*2) もっとも、こうした切手が出てきた背景を少し調べてみると、インフレが続く中で値段を引き上げるたびに額面やデザインを変えて刷り直すと印刷コストがかさむ、という当局側の都合も大きかったようです。これも納得の理由です。仕方がないので郵便局に行って新たに切手を買うべく1.20ドル払ったところ、渡された切手の表面には額面がなく、代わりに“forever”と記されていました。これはglobal Forever stampといういわゆる無額面切手で、将来的に郵便料金が上がっても、今1.20ドルの国際郵便料金を出して買った切手の価値は変わりませんよ、という切手だとのこと。実際、2021年に国際郵便料金は1.30ドルに上がりましたが、以前1.20ドルで買ったglobal Forever stampは10セントの差額を支払うことなくそのまま使えます。言ってみれば、インフレリスクに対して消費者保護を施した切手と言えるかと思います*2。同様に、国内向けの切手も現在ではForever stampが一般的となっています。(国内向けのrst class郵便は、昔は37セントだったのが、2019年で55セント、2022年現在は58セントとなっていますが、2019年に55セント出して買ったForever stampが今も問題なく使えるわけです。)図1 左の2枚が15年前の切手(左上が国内郵便用、左下が国際郵便用)、右の2枚が現在販売されているForever stamp(右上が国内first class郵便用、右下が国際郵便用)。余談だが、写真右下の2020年版global Forever stampのデザインは図らずしもコロナをほうふつさせるということで、私の周りではあまり評判が良くない。以前から、インフレ連動債(いわゆるTIPS:Treasury Ination-Protected Securities)といった金融商品でインフレリスクを念頭に置いたものがあることは知っていましたが、気を付けてみると、切手の他にも旅行に使えるポイントなど、官民問わずインフレリスクを念頭に置いた商品を出していることに気づきました。60 ファイナンス 2022 Mar.連載海外 ウォッチャー

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