ファイナンス 2022年3月号 No.676
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も本作の魅力のひとつである。気がつくのは、本作で描かれる日常がすべて徒歩、せいぜい自転車の行動範囲であることだ。市街地が郊外分散したとはいえ、映画館、ショッピングモールから総合病院までこの範囲に揃っている。大垣市は、郭町の半径1kmにショッピングモール2店、拠点病院、文化会館があるコンパクトな街だ。令和3年7月号(第17回)の大牟田市と似た状況が大垣市にある。郊外型のショッピングモールとはいえ、戦前に進出した繊維工場の跡地を転用したものなので市街地からそれほど離れていない。鉄道も開通当初は「郊外」だったが、それと同じ程度の郊外だ。アクアウォークは大正2年(1913)に進出した摂せっつ津紡績大垣工場の跡地で、その後、大日本紡績を経てオーミケンシの工場となった。シネコンを擁するイオンタウンは元々は大洋レーヨン、その後帝国繊維の工場だった。本社の存在が地方創生のカギ30年前の人口を維持している点も興味深い。令和2年3月号(第1回)の宮城県石巻市は大垣市と同じく県庁に次ぐ2番手都市で規模も似通っているが人口減少が著しい。この違いはどこからくるのか、就業構造を基に考えてみる。図4から石巻の場合、農林漁業や工場労働、建設作業等の就業者が減っていることがわかる。あわせて非就業者も減少している。働き手が減れば子どもなど扶養家族も減るからだ。他方、大垣市をみると元から製造業中心だったので農林漁業の減少はない。工場労働・建設作業等については石巻市と同じように減少しているが、専門・技術職がカバーしている。就業者数が保たれているので非就業者もそれほど減っていない。そもそも製造拠点の海外移転などによる労務職の減少は全国的な傾向だ。この流れに対し、専門・技術職中心の就業構造にシフトすることが人口水準を維持するポイントになる。そのカギは本社の存在にある。誘致工場の場合、当初の進出目的である生産機能から撤退するとなれば工場も廃止され、雇用も無くなってしまう。その点、工場とともに本社があれば簡単に撤退できない。会社の歴史ひいてはアイデンティティにかかわるからだ。企業である以上、利益や成長を重視するのは言うまでもないが、地元本社はそれと同じくらい地元の雇用を重視する。生産機能が空洞化しても、事業環境の高度化に適応した新しいビジネスを捻り出す。この点、地元に本社を構える中堅企業や大企業が多い大垣は強い。目を見張ることに、16万人規模の都市にもかかわらずイビデン、西濃運輸(セイノーホールディングス)、太平洋工業、大垣共立銀行と東証1部上場企業が4つもある。進学で大都市圏に若者が流出しても、魅力ある就職先があれば戻ってくる。そして本社を構える地元企業が地元と歴史を重視するといっても頑固なわけではない。イビデンも創業時は「揖斐川電力」といい大垣の水資源を活かした水力発電が発祥だ。そこから電気化学、ボード、プリント基板という具合に主力事業を変えてきた。この柔軟さが強靭さの元だ。地方創生は「まち・ひと・しごと創生総合戦略」だが、実際はしごと、ひと、まちの順番で波及する。はじめに事業があって、人が集まり、街ができる。大垣の経済史をひもとくと、揖斐川電力のエネルギーが摂津紡績はじめ繊維工場の躍進のきっかけになったことがわかる。創業、誘致の立役者は大垣共立銀行の初代頭取の戸田鋭之助だった。まち、ひと、しごとの3面で大垣に学ぶところ少なくない。プロフィール大和総研主任研究員 鈴木 文彦仙台市出身、1993年七十七銀行入行。東北財務局上席専門調査員(2004-06年)出向等を経て2008年から大和総研。専門は地域経済・金融。昨年12月に「自治体の財政診断入門」(学芸出版社)出版図4 人口の増減要因宮城県石巻市岐阜県大垣市15.9 16.0 10121416181985年人口就業者増就業者減15歳未満2015年人口専門・技術職工場労働建設作業等万人0018.7 14.7 1012141618201985年人口就業者増就業者減15歳未満2015年人口農林漁業工場労働建設作業等万人0就業者増就業者減非就業者(出所)国勢調査から筆者作成 ファイナンス 2022 Mar.57路線価でひもとく街の歴史連載路線価でひもとく街の歴史

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