ファイナンス 2022年3月号 No.676
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生数が全体として減少傾向にあることや、他国と比較して大幅に減少してはいないことから、中国人留学生数の減少は、豪中の政治的対立によるものではなく新型コロナウイルスの影響だと考えるのが自然だ(図25)。しかし、パンデミック収束後に中国人留学生が豪州に再び戻ってくるかは不透明である。また、豊富な若年人口と高い経済成長を誇り、豪州との結びつきを強めるインドやインドネシアからの留学生の伸びが中国人留学生の減少を補うことや、豪州以外の国が中国人留学生の受け皿になることも十分に考えられる。引き続き両国が留学生の送り出し、受け入れに対して消極的な方針を維持、あるいは強化していけば、留学を通じた両国の結びつきも弱まっていくであろう。3.豪州総選挙が豪中関係に与える影響次回の豪州連邦総選挙は、2022年5月までに実施される予定だが、選挙結果に応じて、豪中関係は今後どのように展開していくと考えられるだろうか。先述の世論調査のとおり、軒並み豪州国民の対中意識は悪化している。また、現地紙の世論調査によると、中国に対する豪州の基本姿勢について、「非難する前に再考すべき」と回答したのは23%にとどまるのに対し、調査対象の6割以上は「価値を固守し、声をあげるべき」と考えており、これまでのモリソン政権の強気な対中政策は総じて支持されている*17。また、第2章で示した通り、歴史的に、保守連合・労働党間で、対中政策に関して党派ごとの顕著且つ一貫した相違はみられない。これまでの各政権は、情勢の変化に応じて、中国の人権問題に毅然とした態度で挑み、同盟国である米国のスタンスに協調しているものの、中国との経済関係を深化させるという方針は超党派で一致していたように思われる。豪中関係悪化後も、上述の世論の後押しを受け、豪州として自国の価値観を毅然と主張するという対中スタンスに概ね超党派での合意があると推察される。事実、AUKUSの設立や、人権侵害等に関与した外国当局者等に制裁を科すいわゆる「マグニツキー法案」可決についても超党派の合意によるものである。さらに、安全保障面で常に米国と共同歩調をとってきた豪州にとって、米中対立が続く中、中国に対して融*17) 「Australians want nation to ‘stick to its values’ in China dealings」(2021年6月18日、The Sydney Morning Herald)(https://www.smh.com.au/politics/federal/australians-want-nation-to-stick-to-its-values-in-china-dealings-20210617-p581q2.html)和的な態度に転じることは容易でないと考えられる。豪州の二大政党の選好率(図26)を見ると、2021年6月以降、両者の選好率は反転し、野党労働党が与党保守連合を大きく上回っており、労働党が政権を取ることも考えられる。しかし、たとえ労働党政権となったとしても、上記の(1)国内世論、(2)両党派で一致した方針、(3)同盟国米国との関係を考慮すると、豪州の中国に対する対抗姿勢が選挙結果によって直ちに変更されるとは考えがたい。ただ、豪中関係の今後は依然として不透明であり、引き続き注視していきたい。(図26)豪州二党選好率(保守連合・労働党)4258545652504846442018年2月2018年5月2018年8月2018年11月2019年2月2019年5月2019年8月2019年11月2020年2月2020年5月2020年8月2020年11月2021年2月2021年5月2021年8月2021年11月(出典)The Australian労働党保守連合2022年2月6おわりにここまで見てきたとおり、現在、豪中関係は豪中国交樹立以降、最も悪化しているといえる。一方で、豪州は日米との関係をますます強化している。本レポートの出発点である「中国を国際課題解決に建設的に関与させるために、日本と共通の価値観を持つ国々との連携を密にしていく」機運がさらに高まっているのではないかと考えられる。他方、ラッド政権時のQUAD脱退やアボット政権時のAIIB加盟等、豪州の対中方針によっては必ずしも豪州が日本と同じ方向を向いていたわけではなかった。そのため、引き続き豪州の対中政策やその背景を注視しながら、二国間・多国間で豪州との連携をますます密にしていきたい。プロフィール財務省国際局地域協力課国際調整室調整1係 吉田 有希滋賀県出身。京都大学法学部を卒業後、2021年に財務省入省。国際調整室では米、豪、加等の経済・政治情勢の調査及び二国間協議等を担当。 ファイナンス 2022 Mar.49豪州と中国の二国間関係SPOT

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