ファイナンス 2022年3月号 No.676
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4なぜFFレートではなくレポ・レートをRFRとして採用したか4.1 FF市場における流動性低下の背景これまで比較的細かく米国のレポ市場についてみてきましたが、米国ではバイラテラル・レポとトライパーティ・レポを通じて、単に銀行や証券会社だけでなく、MMFなど多様な投資家がレポ市場に入ってくることになります。そのため、レポ市場で決定されるSOFRは流動性の高さだけでなく、様々な投資家の意見が集約された金利であると解釈できます。一方で、我が国のRFRは、前述の通り、レポのように有担保取引でなく、無担保の実際の取引に立脚した金利(TONA)でした。TONAは我が国において政策金利として長く使われており、OISでも用いられていますが、米国でも無担保コールの金利としてFFレートがあることは既に説明しました。米国では無担保コール市場がフェデラル・ファンド市場(FF市場)と呼ばれることから、そこでの取引に立脚した金利をFFレートというわけですが、FFレートも実際の取引に立脚した金利といえます。我が国でRFRとして採用されたTONAは、FFレートと同じコンセプトの金利といえます。それでは米国ではRFRとしてなぜFFレートが用いられなかったのでしょうか。これは無担保コール市場に立脚するTONAが採用された我が国からみると当然の疑問といえます。実はFFレートは近年構造的に流動性が低下しているとともに、投資家の層が限定されているという問題があります。ここから米国の金融政策について言及する必要がでてくるのですが、米国は2008年の金融危機に際して、量的緩和を実施したわけですが、その中で、それまでであれば無利子であった(所要準備金を超える)超過準備へ利子を払うようになりました。この金利は、現在、Interest on Reserve Balances(IORB)と呼ばれています。この辺りの詳細はテクニカルであるためBOX 2で説明をしますが、付利そのものはFRBが短期金利を操作するために導入したものです。*29) FHLBについては岡田(2018)などを参照してください。*30) McGowan and Nosal(2020)によればFF市場の借り手は主にIOERアービトラージ(FF市場で借り入れて、IOERに預けて利益を得る取引)によるものとしています(IOERについてはBOX 2を参照)。相対的に制度的に負担が少ない外国の金融機関が主にその取引を行っているとしています。*31) ARRC(2016)では「Over 90 percent of overnight fed funds transactions are lent by one of the government sponsored entities(GSEs)」(p.16)としています。*32) OBFRについては、ニューヨーク連銀のウェブサイトで「The overnight bank funding rate is a measure of wholesale, unsecured, overnight bank funding costs. It is calculated using federal funds transactions, certain Eurodollar transactions, and certain domestic deposit transactions, all as reported in the FR 2420 Report of Selected Money Market Rates.」としています。詳細はニューヨーク連銀のウェブサイトを参照してください。付利の導入に際し注意すべき点は、FRBに準備預金を有している金融機関にとって、超過準備に金利が付くのであれば、無担保コール市場であるFF市場で運用するインセンティブがなくなる点です。多くの銀行からすれば、預金をFRBに預けておけばよいという発想になりますから、付利の導入は構造的に米国における無担保コール市場の流動性を低下させることに寄与しました。図表9がARRC(2018)から抜粋したものですが、SOFRの取引量は7,540億ドルである一方で、FFレートは790億ドル、LIBORは5億ドルにとどまることがわかります。米国の短期市場の複雑な点は、FF市場において銀行の相対的なプレゼンスが上述の観点で落ちる一方で、相対的にFF市場における政府支援機関(Government-Sponsored Enterprise, GSE)のプレゼンスを上げることに寄与した点です。実は、連邦住宅貸付銀行(Federal Home Loan Bank, FHLB)*29などGSEとよばれる金融機関は制度上、付利の対象外であることから、その余剰資金の一部をFF市場で運用することを余儀なくされています*30。このことからFF市場において通常の銀行の貸借がなくなる一方で、外国銀行などがアービトラージなどの観点でFHLBから資金融通を受ける構図が生まれました。ARRCのレポートでは、FFレートの取引の90%以上はGSEなどに偏っている点が指摘されています*31。したがって、FFレートは、SOFRに比べ、取引量が小さいだけでなく、一部の投資家の意見を反映した金利という問題点も有しているのです。*32図表9 米国における短期金融市場の流動性(日次の取引量)0800600400200SOFROBFRFFレートT-bills(3か月)LIBOR(3か月)非金融CP(3か月、AA)非金融CP(3か月、A2/P2)75419779130.50.3430.132(10億ドル)(注)OBFRはフェデラル・ファンド取引に加えて、一定のユーロドル取引も算出対象に加えた銀行の調達レート(翌日物)です*32。(出所)ARRC(2018)「セカンド・レポート」より筆者作成 ファイナンス 2022 Mar.35SOFR(担保付翌日物調達金利)入門SPOT

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