ファイナンス 2022年2月号 No.675
84/102

3.エビデンスに基づいた議論内藤:日ごろ目にしない切り口という話とは異なりますが、昨今EBPM(Evidence-based policy making:証拠に基づく政策立案)が叫ばれている中にあって、エビデンスに基づく議論を心がけているようにも感じました。阿曽沼・ジュ・笹原論文*4は、様々な国の対外債務の再編成について、その手法や戦略によってどのような違いが生じるのかを、実際のケースに基づいて分析するということで、EBPMの発想に基づく研究に該当するかと思いますが、その論文についてご説明いただけますか。小枝:例えば、日本はIMFのような国際機関を通じて、債務救済やコンセッショナルローン*5などで途上国を支援してきたわけです。日本の国際的貢献度は極めて高いのですが、そのことはあまり知られていないかもしれません。実際に、途上国、特に低所得国が直面する債務脆弱性への対応として債務救済や再編成等が必要とされる場合には、日本は主体的に議論に関わる立場にあります。その際には、日本が世界をリードしていくことを目指して、エビデンスに基づいて、質の高い議論をすることが大事だと思います。そのような観点から、債務再編成の実証分析に詳しい国際通貨基金エコノミストである阿曽沼多聞先生他に執筆いただきました。同論文では、IMFのスタッフが一般的に主張するように、債務不履行(default)に陥る前に債務再編成をしたほうが良いという結論が示されているのですが、私が面白いなと思うのは、この論文のエビデンスの提示の仕方で、様々なエビデンスを根拠に理論を補強していくというスタイルがとても参考になるし面白いなと思いました。*4) 「対外債務再編成に関する実証的事実・理論・政策」を執筆(https://www.mof.go.jp/pri/publication/nancial_review/fr_list8/r146/r146_04.pdf)。*5) 発展途上国向け資金貸出で、貸出期間が長く、金利が低いなど貸出条件が緩やかな借款。*6) 「日次イールドデータを用いたNelson-Siegelモデルの推計」を執筆(https://www.mof.go.jp/pri/publication/nancial_review/fr_list8/r146/r146_07.pdf)。 関連論文として次のものがある。 Koeda, Junko and Sekine, Atsushi, Nelson-Siegel Decay Factor and Term Premia in Japan(February 16, 2020). Available at SSRN:https://ssrn.com/abstract=3538961 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.3538961*7) 藤井眞理子・高岡慎(2008)「金利の期間構造とマクロ経済:Nelson-Siegelモデルを用いた実証分析」『FSA リサーチ・レビュー』第4号。4.日本語での学術的新規性追求の難しさ内藤:先ほど小枝先生は、経済学では英語で論文を投稿するのが一般的なため、日本語で最先端の議論を正確に把握するのがとても難しいとおっしゃっていましたが、今回の論文の中で議論されている、注目すべき最先端の内容の一端をご紹介いただけますか。小枝:経済学者というのは、新しいものはみな英語で投稿したがるので、日本語で最新のものを投稿してくださる方は通常は探すのが大変なんです。にもかかわらず、関根篤史先生*6は快く引き受けてくださいました。ここからはかなりテクニカルな説明になってしまって恐縮ですが、Nelson-Siegelモデルという、国債金利の期間構造をいくつかのパラメータで記述するための理論モデルがあります。例えば、藤井眞理子先生と高岡慎先生が、かつてそれを日本の金利データに当てはめるために、「状態空間モデル」という推計モデルを用いてパラメータの推計を行われました*7。このモデルは、よく使われるモデルなのですが、「減衰ファクター」と呼ばれるパラメータを固定して考えることとされており、長短金利がほぼゼロとなる環境の下では、当てはまりが悪く80 ファイナンス 2022 Feb.連載PRI Open Campus

元のページ  ../index.html#84

このブックを見る