ファイナンス 2022年2月号 No.675
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は、就任から約5か月後の6月に「合衆国の中核的国家安全保障上の関心事項として汚職との闘いを進める」とする政策指針を公表した*28。ここでは、汚職の問題を米国の安全保障(national security)、経済的平等、世界的な貧困撲滅と開発に向けた努力、そして民主主義そのもの(democracy itself)に対する脅威と認識し、それに対抗するための各種施策を取るとともに、副大統領のオフィスを中心に、省庁横断的なレビューを行うとした。そしてこの中には、マネロンとの関わりにも言及がある。汚職を国家安全保障や民主主義と結び付けるとはかなりの大風呂敷のように聞こえ、タイミング的にもやや唐突感のあったこの発表の真意は、それから約半年後の民主主義サミット(Summit for Democracy)の開催に至り、露わになった。2021年12月に、バイデン大統領の更なる肝煎りで開催された民主主義サミットは、時節柄オンライン形式とはなったものの、日本を含む世界109か国と、台湾を含む2地域からの参加を得た。他方で、中国・ロシアは招待されず、また、北大西洋条約機構(NATO)に加盟しているにも拘らず、トルコとハンガリーも招待対象から外されるなど、参加国の選別に係る米国の恣意性が批判の対象ともなった。同サミットでは、参加国のリーダー達が民主主義と人権を擁護し、専制と抑圧に立ち向かう決意が表明されたが、この中では、反汚職への取組みが大きくフォーカスされた*29。その具体的方策は、開催国の米国が、前述した政策指針のフォローアップとしてサミットにあわせて発表した「反汚職戦略」*30において明らかにされている。ここにおいては、反汚職のツールとして5つの柱が挙げられており、その内の一つがマネロン規制である。方針の詳細として謳われた中には、これまでの章で取り上げた地下資金対策上の重要論点、即ち、実質的支配者(BO)の透明性向上や弁護士・会計士等のサムライ業によるバーデン・シェアリング強化、更には、美術品市場のリスク対応が明示的に盛り込まれている*31。*28) Memorandum on Establishing the Fight Against Corruption as a Core United States National Security Interest, The White House, June 3, 2021*29) Summit for Democracy Summary of Proceedings, The White House, December 23, 2021*30) United States Strategy on Countering Corruption – Pursuant to the National Security Study Memorandum on Establishing the Fight against Corruption as a Core United States National Security Interest, December 2011*31) 美術品は高額というだけであれば貴金属や不動産と変わらないが、その価格設定に主観性・恣意性が介在することが特性であり、マネロンの恰好のツールとなり得る。このようなリスクに着目し、米国政府が昨今、美術品市場に対して特に警戒を高めていたことは、前章にて解説した通り。なお、美術品市場を巡る不透明なプライシングや取引慣行の実態が、ジャーナリスト出身のフランス人監督の下でドキュメンタリー映画化され、2021年に公開されている(『モナリザは誰に微笑む(原題:The Savior for Sale)』)。*32) Chaikin & Sharman, op.cit., P.21-27さて、このような、外交の文脈ではどちらかと言えばマイナーなトピックである反汚職を、これまたテクニカルなマネロン規制とセットにして両手で捧げ持ち、新政権の発足間もないこのタイミングで国際的に強力にプレイアップした米国の意図は明白である。米国は現在、反汚職を民主主義擁護のコロラリーとして捉え、国際社会を統治体制に従って彼我に分かつスローガンとして標榜しようとしている。それは、米国が仕掛けた「体制間競争」とでも呼ぶべき世界戦略であり、その中核には、汚職撲滅のための最重要のツールの一つとしてのマネロン規制があるのである。米国のこのような外交的手法は、当然賛否が分かれるところであろう。しかし何れの見解を取るにせよ、地下資金対策の今後の展開を占うに当たり、米国が反汚職という旗印の下で描く世界戦略について、認識が薄いままでいる訳にはいかないことは確かである。以上見てきたように、反汚職の潮流は複数の水脈を巻き込みつつ発展し、その過程で汚職対策とマネロン規制は、分かち難く結び付くに至った。実際、筆者が現在勤務するIMFにおいては、地下資金と反汚職は隣接したユニットが担当しており、緊密に情報交換している。他方、多くの国においては汚職とマネロンは縦割りの行政所掌の中で、未だに別分野として扱われてきており*32、日本もその例外ではない。アカデミアにおいても、これらの分野の近接性はこれまで十分に意識されてこなかったものと思われる。マネロンと汚職の浅からぬ関係は、まず以ってそのような画一的な境界線の引き方に、再考を促していると言える。なお、国家自身が生む地下資金はマネロンには限らない。次章以降で、地下資金対策のもう一つの柱であるテロ資金規制を取り上げるが、ここでも、一部の国家がテロ組織に資金を供与しているという、気が重くなる実態に触れざるを得ない。※ 本稿に記した見解は筆者個人のものであり、所属する機関(財務省及びIMF)を代表するものではありません。 ファイナンス 2022 Feb.65還流する地下資金 ―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―連載還流する 地下資金

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