ファイナンス 2022年2月号 No.675
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実施の規模・反復継続性を考えれば、国情よっては、汚職を「最大の組織犯罪」と評することができる国も存在するであろう。そして、そのような不正な蓄財が、発覚を恐れて国境をまたいだマネロンの対象にしばしばなることも、また想像に難くない。第二に、組織犯罪が跋扈する背景には、多くの場合、汚職によるガバナンスの弱さがあるということだ。コロンビアの麻薬王パブロ・エスコバルは、大物政治家から末端官吏に至るまでを買収し、当初はまともに捜査・訴追の対象にすらならなかった。米国への移送を逃れることと引き換えに収監された後も、カネに物を言わせて本来は禁止されている物品を邸宅のような特設の「刑務所」に持ち込み、犯罪ビジネスの指揮を含め、外界にいるのとほぼ変わらない生活を享受した挙句、最終的には堂々と脱獄を果たした。また、後の章でも取り上げるが、組織犯罪の新たな類型として昨今注目されているのが、野生動物の違法取引である。これは、対象の動物を殺した上でその身体の一部を調度品や漢方薬として売るもの、また、生きたまま捕獲しペット用等として取引するものなど様々あるが、何れにせよ、密猟・違法な捕獲からその輸送に至る過程の各段階で、汚職による取締りの機能不全が存在すると言われる。そして、贈賄と収賄はコインの表裏である。買収のために貢がれた金銭は、体制側の腐敗した輩の懐に蓄えられ、やがてマネロンの対象となる。そのように考えれば、「二つの合理性」として説明したこれらの事象は、国家と犯罪組織の癒着という図式においては、同一の実態を違う角度から説明しただけとも言える。第三に、技術的な問題として、民間事業者に影響力を行使し得る立場の政府高官等によるマネロンは、その立場を濫用することにより、更に悪質で巧妙なもの*19) Laundering the Proceeds of Corruption, FATF, July 2011*20) Specic Risk Factors in Laundering the Proceeds of Corruption – Assistance to Reporting Institutions, FATF, June 2012*21) 日本経済新聞、2010年5月14日、2011年4月7日*22) 前掲・浅田(2013)となり、かつ、容易に実行されることが多いという実態がある。従って、犯罪組織等の一般的な行為者による場合にも増して、その発生を抑えるための制度的担保が必要となる訳である*19。現実問題、汚職は多くの場合、結果としてマネロンに結び付く(図表3)。想像に難くない通り、大規模な汚職とそれに伴うマネロンは途上国に頻繁に見られ、また、その類型としては大型公共事業、特に天然資源の採掘、そして軍事兵器の調達に関して発生することが多いと、FATFは警鐘を鳴らしている*20。我が国との関連でも、2010年には、ナイジェリアのボニー島における総額60億ドルに上る天然ガス採掘事業に関連して、日系企業が5,000万ドルの贈賄に関わったとして米国司法当局から調査を受けた(後に和解)*21。また国内では、防衛省の防衛装備品調達を巡って、いわゆる「官製談合」や贈収賄等、度々不正が発覚してきた*22。国を問わず、ロットが大きく、業態の特殊性や取引対象の保秘性が高い分野については、汚職が起こるリスクが一般的に高いと言える。これに加えて、ここ最近新たなリスク要因として浮上してきたのが、コロナ対策関連の公的支出に係る汚職である。コロナ禍の中で、特に途上国には国際機関等から多額の援助資金が流入しているが、短期間での多額の事業・調達は、汚職の温床となるリスクが高い。FATFは早くからこのことについて他のリスク要因と併図表3: FATFに紹介された、国家元首が絡む汚職・マネロンの関連事例。特にこのようなハイレベルの汚職事案では、ほぼ例外なくマネロンが行われる。(FATF, 2012をベースに、筆者作成)行為者汚職の態様マネロン手法パーヴェル・ラザレンコウクライナ首相(1996-1997)ビジネスの便宜を見返りにした外国企業からの収賄(3億ドル超)海外のペーパー・カンパニー、仮名口座を通じた不動産取引サニ・アバチャナイジェリア大統領(1993-1998)事業のキックバック等を通じた国庫からの横領(2.5~4億ドル)現金持出し、海外のペーパー・カンパニー、信託、仮名口座への送金フレデリック・チルバザンビア大統領(1991-2002)外国政府との架空の公共調達契約等を通じた国庫からの横領(7,000万ドル超)他人名義口座の使用等アルベルト・フジモリペルー大統領(1990-2000)防衛事業のキックバック等を通じた国庫からの横領(20億ドル超)海外のペーパー・カンパニー(それぞれ更に他国に銀行口座を保有)への送金アウグスト・ピノチェトチリ大統領(1974-1990)不正蓄財と脱税(5,000万~1億ドルの蓄財)海外のペーパー・カンパニー(米国銀行口座を保有)への送金 ファイナンス 2022 Feb.63還流する地下資金 ―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―連載還流する 地下資金

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