マネロンの前提犯罪は薬物犯罪から拡大され、「被害者がいる」一般的な財産罪もその射程に入っていることから、アセット・リカバリーは、被害者の救済という民事的観点からも、結果として制度的合理性を有するものとなっている。我が国では、今日に至るまでで最大のマネロン事犯と言える、山口組系の暴力団・五稜会による闇金融事件で、正にこのスキームが活用された。同会は、法定利息を遥かに超える違法利息で上げた暴利を、スイス所在のクレディスイス銀行本店無記名口座に送金する等して隠匿していた。この約58億円に上る犯罪収益はその後、スイス当局によって没収されたが、日本政府はその返還を求めた。2008年4月、日本・スイス政府は没収された収益の半分に当たる約29億円の返還で合意し、この対象財産は、被害者の救済に当てられることとなったのである*13。3.地下資金対策とのリンケージメキシコ・ユカタン州の州都、メリダにあるコロニアル様式の州庁舎。この街で、国連腐敗防止条約が署名された。 (出典:Travel4Brews, CC BY 2.0)アセット・リカバリーについて前節で先取りして説明してしまったが、今一度俯瞰的な解説に立ち戻ると、反汚職が地下資金対策と明確に関連付けられたのは、2000年代に入ってから相次いで締結された、「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」及び*13) 城祐一郎『マネー・ローンダリング罪―捜査のすべて(第2版)』、立花書房、2018年12月、P.277-295(第6章), P.367-368 城祐一郎『マネー・ローンダリング罪の理論と捜査』、立花書房、2007年5月、P.66-68 また、当局実務担当者向けに世銀・UNODCが作成したマニュアル: Jean-Pierre, Brun Larissa Gray, Clive Scott & Kevin M. Stephenson, Asset Recovery Handbook – A Guide for Practitioners, Stolen Asset Recovery Initiative, World Bank / UNODC, December 10, 2020*14) 同条約第6条2(b)*15) 同条約第14条、23条、52条*16) Indira Carr & Miriam Goldby, The UN Anti-Corruption Convention and Money Laundering, University of Surrey, May 2009*17) The Use of the FATF Recommendations to Combat Corruption, FATF Best Practices Paper, October 2013*18) 前掲・城(2018)P.257「腐敗の防止に関する国際連合条約」の、2つの条約によってである。これら条約は、それぞれの署名地を取ってパレルモ条約及びメリダ条約とも呼ばれ、2000年及び2003年に署名された。パレルモ条約は、国際社会としての組織犯罪への取組みを包括的に定めたものであるが、この中で、加盟国は汚職をマネロンの前提犯罪に含むこととされた*14。この条約により、マネロン・汚職リンケージの先鞭が付けられた訳である。そしてこれに続くメリダ条約は「腐敗防止条約」という名の通り、世界的な反汚職の取組みの集大成とも言うべきものである。前述の外国公務員贈賄防止条約が、先進国クラブであるOECDの下での枠組みであったのに対し、このメリダ条約は国連が主導したものであり、加盟国は国連加盟国の内189か国に上る。この一事を以っても、二つの条約におけるスコープの大きさの違いは明らかであろう。そして本条約の中では、汚職対策を効果的に進めるためのツールの一つとして、マネロンに関する包括的な規定が設けられた*15。これは、OECD条約が限定的な形でしかマネロンを取り上げていなかったことからの、大きな進歩である*16。こうして、組織犯罪対策と反汚職という出自の異なる潮流が、マネロン規制という結節点を介して交わることとなった。そしてこのような反汚職とマネロンの関係性は、2000年代以降、折しも立ち上げられたG20サミットの枠組みにおいても、繰返し言及されるようになる*17。なおこれらの条約について、日本においては国内担保法(組織的犯罪処罰法の改正)が長らく整備されなかったため、条約の国会承認から批准まで、それぞれ実に10年以上もの歳月を要した*18。さて、汚職を組織犯罪、そしてマネロンの文脈に位置付けることには、以下の3つの具体的合理性がある。まず第一に、直接的な意味において、汚職は世界的に犯罪収益の主要な源泉の一つである。賄賂を始めとした国富の横領によって蓄えられる金銭の額や、その62 ファイナンス 2022 Feb.連載還流する 地下資金
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