も汚職の問題を包括的・学際的に分析の対象とする動きが活発化する*6。各国の汚職度を指標化する試みも数多く行われたが、その代表的なものが国際的NGO・Transparency Internationalが毎年公表しているCorruption Perception Indexである(図表2)。汚職の蔓延は、一国の成長・分配と逆相関の関係に立つとされる。計量的アプローチからこの点を示した先行研究については、正に枚挙にいとまがないといったところであるが*7、汚職が広まることが、資源の非効率な配分・投資の抑制等を通じて一国の経済に悪影響を及ぼすという事実については、経験則的にも多くの人にとって、直感として無理なく受け容れられるものであろう。かく言う筆者も、在フィリピン日本大使館勤務を通じ、ODA業務や日系企業のビジネス環境改善に取り組む中で、社会に蔓延する汚職の弊害を実地で感じた一人である*8。国は違うが、ベトナムにおいては、我が国のODA事業に絡んで、大手コンサルタント会社のパシフィック・コンサルタンツ・インターナショナル(PCI)が、現地政府高官に2003年・2006年に計約9,000万円相当の賄賂を渡したという大規模な事件も後に発覚している*9。そして、この開発政策としての反汚職という発想も、後述の通り地下資金対策の中にも取り込まれていくことになる訳であるが、その表出とも言える制度がアセット・リカバリーと呼ばれるものである*10。アセット・リカバリーは、和訳すると「資産回復」ということになるが、以下のように特定された意味を持つものであり、一般的な語感とは必ずしもなじまない。この言葉のFATFによる定義は、「ある国の犯罪収益が国外にある場合に、当該収益を(国境をまたいで)返還すること」である*11。FATF基準は、マネロンやその前提犯罪に係る犯罪収益が遺漏なく没収されるこ*6) 小山田英治『開発と援助―開発途上国の汚職・腐敗との闘いにおける新たな挑戦』明石書房、2019年2月、P.65-95*7) 一例としては、以下の通り。 Vito Tanzi & Hamid R Davoodi, Corruption, Growth, and Public Finances, IMF Working Paper, November 1, 2020 Corruption and Development – Anti-Corruption Interventions for Poverty Reduction, Realization of the MDGs and Promoting Sustainable Development, UNDP, December 2008, 石井菜穂子『長期経済発展の実証分析―成長メカニズムを機能させる制度は何か』日本経済新聞社、2003年6月*8) 関連するテーマとして、フィリピンの予算制度を巡る利権誘導の実態を分析した拙稿: Kohei Noda, Politicization of Philippine Budget System:Institutional and Economic Analysis on “Pork-Barrel”, Discussion Paper Series No.11A-04, Research Department, Policy Research Institute, Ministry of Finance(財務省財務総合研究所)、March 2011*9) 浅田和茂『新・経済刑法入門(第2版):第22章 政財官の癒着を巡る犯罪』成文堂、2013年7月1日 また、PCI事件を含む、本法企業による外国政府への主要な贈賄事件については、以下参照。 城祐一郎『現代国際刑事法 ― 国内刑事法との協働を中心として』成文堂、2018年3月10日、P.273-283*10) 津田尊弘『犯罪収益と財産回復―アセット・リカバリーの国際的潮流と日本の実務への示唆』立花書房、2010年11月、P.36-40*11) Best Practices on Confiscation (Recommendation 4 and 38) and a Framework for Ongoing Work on Asset Recovery, Best Practices Paper, FATF, October 2012*12) 日本の国内法令においては、組織的犯罪処罰法第64条の2第1項、麻薬特例法第22条の2とを求めている。これは、犯罪に基づく収益が、犯罪活動に再投資されることを防止することという、組織犯罪対策としてのマネロン規制の出発点となる発想に基づくものである。それに加えて更にFATF基準は、その犯罪収益が国外から来たものである場合、例えば、日本で行われた犯罪の収益が外国の銀行口座に移され、その地の当局によって没収された場合は、出元である日本に返してあげなさい、ということを要求しているのである(勧告4・38、有効性指標8*12)。これだけを聞いて、この制度に違和感を感じる人は少ないと思うが、実はその理解はそれ程簡単ではない。なぜなら、組織的な犯罪収益の中核は元々は薬物犯罪であり、これはその性質上、いわゆる「被害者なき犯罪」だからである。詐欺のような財産犯であれば、本国の被害者救済の要請から、収益返還の必要性は腑に落ちるが、マネロン規制の一丁目一番地である薬物犯罪の対価として支払われた金銭は、買い手が対価として認識を以って支払いを行っている以上、その返還の政策的要請は必ずしも存在しない。またそもそも、犯罪の抑止という刑事政策的な目的だけであれば、犯罪収益が没収されることそのものが重要なのであり、それが事後的にどう扱われるかは、主要な関心の対象ではない。実は、アセット・リカバリーは反汚職の枠組みが形成されていく中で、創出された概念である。その趣旨は、汚職によって収奪された金銭とは、本来はその国の発展に寄与すべき国富であり、外国当局がそれを没収したなら、本国にきちんと返還すべきである、という発想に立脚している。アセット・リカバリーは、開発政策が反汚職法制の発展史に合流してきた経緯の、歴史的証左である。もっとも、現在の枠組みにおいてこの制度は汚職以外の前提犯罪にも敷衍されている。そして現在では、 ファイナンス 2022 Feb.61還流する地下資金 ―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―連載還流する 地下資金
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