ファイナンス 2022年2月号 No.675
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図表1:反汚職法制の展開(概念図)(筆者作成)年代~米国による外国政府への贈賄規制年代~開発政策からのアプローチ年代~地下資金対策とのリンケージ年代~米国による「体制間競争」への位置付け1.米国・反汚職法制の世界的展開反汚職法制の発祥の地は、またしても70年代の米国である。時期的には地下資金対策の基盤が形成されていった頃であるが(第2章参照)、この時はまだ地下資金対策とのリンケージはさほど意識されていない。さて、この時代の米国で反汚職法制が生まれ、更にそれが世界的に敷衍されていった原動力は、米国市民の高いモラルにより、米国内の政治家・公務員の廉潔性への要請が高まったから…ではない。1977年に世界初の本格的反汚職法と呼ぶべき外国汚職防止法(FCPA:Foreign Corrupt Practices Act)が制定され、それは1997年にOECD外国公務員贈賄防止条約として国際規範化されることとなるが、この過程で注意すべきは、(1)FCPAが、米国ではなく外国の公務員に対する贈賄を対象としたものであり、更に(2)OECD条約の制定は、倫理的観点ではなく専ら経済的利益、具体的には米国企業の海外競争力強化を目的としたものである、という点である。直接の契機となったのは、1972年のウォーターゲート、1976年のロッキードという、現代米国史に残る2つの大事件である*1。ウォーターゲート事件は、麻薬戦争を推進し地下資金対策の基礎を形成した、他でもない共和党ニクソン大統領(第5章参照)によって引き起こされた。その概要は、同大統領が対立陣営の盗聴をしていたという政治スキャンダルであるが、この事件は思わぬ余波をももたらすことになる。それは、事件後の調査の過程で、400を超える企業が外国政府への賄賂として、合計3億ドルを超える不法支出を行っていた事実が明らかになったことだ。これにより、米国企業が海外との*1) 森下忠『国際汚職の防止(国際法研究第13巻)』成文堂、2012年3月、P.21-25,P.45-50,P.75-81ビジネス活動に当たって多額の贈賄を外国政府に行っていた実態が、白日の下に晒された。このような悪しき慣行の存在を更に決定的に印象付けたのが、その4年後に起きたロッキード事件である。ロッキード・エアクラフト社は、自社航空機の売込みのため諸外国要人への贈賄工作を行っていたが、この中に我が国も含まれていたのは、周知の事実である。なお、ニクソン大統領が文字通り正負両面において、現在につながる地下資金対策の礎石を築いたという事実は、この分野のアクター達がしばしば善悪二分論で割り切れないことを象徴するかのようだ。米議会上院に設置された、ウォーターゲート事件調査委員会の様子。この調査の中から、米企業の外国政府に対する贈賄の実態が明らかになった。(出典:Ofcial Senate photographer, a government employee, CC BY-SA 3.0)さて、一連の事態を受けて米国政府はFCPAを成立させ、自国企業による外国政府への贈賄を禁止したが、これは、米国企業に思わぬ不利益を招来した。即ち、各国の企業がクロスボーダーで貿易投資を行う中で、実質的に米国企業のみが外国政府への贈賄を禁じられたことにより、規制の緩い他国と比べ、現地での取引において比較劣位に置かれることとなったのである。そこで、米国レベルの贈賄禁止規制を各国共通に課し、以って各国企業の競争条件の均一化を図るべく、米国の強い働き掛けによりOECD条約が締結されることになった。その規定は、FCPAに概ね類似した内容になっている。米国は社会経済的な国益実現のため、およそ20年を掛けて自国の反汚職法制を世界化したのである。この一連の過程は、地下資金対策の枠組みが形成されるプロセスと、全くと言って良い程パラレルなものと言える。 ファイナンス 2022 Feb.59還流する地下資金 ―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―連載還流する 地下資金

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