ファイナンス 2022年2月号 No.675
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地下資金対策は、多くの場合国家対その敵対勢力(=犯罪組織・テロ組織)という図式で捉えられる。麻薬カルテルとの闘いという地下資金対策の出自を考えれば、その理解は失当とは言えない。しかし今日においては、この図式で描写できるのは地下資金対策の中の半面だけであり、現実には、地下資金の相当部分がある意味において国家自身によって生み出されているという、逆説のホラー・ストーリーが存在する。この点、FATFの枠組みに最も新しく追加された柱である、核兵器等の開発を巡る拡散金融については、その定義上、現在であれば北朝鮮とイランが関与する地下資金を対象としており、国家的アクターの関与はむしろ当然である。しかし同時に、実はマネロン及びテロ資金規制においても、国家、ないしはそれを体現する中枢にいる人物達が生み出す地下資金は、FATFを始めとする国際枠組が対象とする主要なターゲットの一つなのである。テロ資金については後続の章に譲るとして、本章の射程は、地下資金対策の中でも最も伝統的なマネロンである。国家が生み出す、マネロンの対象となる犯罪収益とは、即ち汚職により収奪された国富のことである。そして、地下資金対策と汚職の連関性を正しく理解するには、反汚職法制の側から、それがどのように展開してきたかを俯瞰することが有益だ。実は、世界的な汚職への取組みは一本道で発展してきた訳ではなく、歴史的に見れば、全く異なる政策分野からの水脈が一つまた一つと合流し、徐々に形作られてきたものと言える(図表1)。以下では時系列に従い、その形成の歴史と、それが現在の地下資金対策とどのように関連付けられるかについて、議論を進めていく。■世界の反汚職法制の源流は、自国企業から外国政府への贈賄を禁止する米国国内法令が国際化されたものであり、競争政策の色彩が強かった。その後、冷戦構造の崩壊等を受けて、途上国の汚職の削減が開発政策の観点からも重要視されるようになり、現在に至る。■これらの流れを受けた反汚職法制が本格的に地下資金対策の分野とリンクされるのは、2000年代に入り、関連2条約が署名されて以降。FATF基準では、資産回復及びPEPの規定が特に関係。後者については、多くの国で国内PEP対応が不備という課題が残る。■昨今、米国の体制間競争の中に反汚職が位置付けられ、かつ、その中でマネロンとの関係性も強調されている。我が国としては、汚職とマネロンの政策担当者のより緊密な連携を図るとともに、かかる米国の世界戦略も含めた汚職対策の潮流を理解しておく必要。要旨IMF法務局 上級顧問  野田 恒平還流する地下資金―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―汚職対策とマネロン規制の深い関係7本章の範囲国家間の共働・軋轢各国の制度設計・実施国際規範・基準の形成犯罪収益テロ資金核開発等資金刑事政策外交・安全保障昭和を代表する政治家の一人、田中角栄元総理が関わったとされるロッキード事件は、米国における外国汚職防止法制定の契機ともなった。(出典:首相官邸ホームページ, CC BY 4.0)58 ファイナンス 2022 Feb.連載還流する 地下資金

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