2 アルゼンチンとは?まず、どのような国か一般的なデータを簡単にご紹介したいと思います。面積では世界第8位の278万km2(日本の7.5倍)を誇る大国に入りますが、人口では4,500万人に留まっており、人間より牛(5,000万頭以上)の方が多い国とも称されます。ボリビアとの国境の村ラ・キアカから世界最南端の都市*2ウシュアイアまでの直線距離は3,800km(南緯22~55度)にも渡り、ウルグアイ、ブラジル、パラグアイ、ボリビア及びチリと接する国境線は9,376km、大西洋に面する海岸線は4,725kmに及びます。アルゼンチンの地理の最も大きな特徴は地方によって大きく異なる景観のコントラストであり、広大で肥沃なパンパ平原、険しいアンデス山脈、イグアスの滝を擁する亜熱帯雨林、砂漠のような峡谷、パタゴニアの森、湖、氷河など様々相反する風景が一つの国のなかに凝縮されていることが非常に特徴的です。人種の面ではアルゼンチンも近隣諸国の例に漏れず多民族国家ですが、人口の約9割を占めるのは、イタリアや旧宗主国スペイン等からの移民の子孫たるヨーロッパ系であり、その他にアラブ系や日系人*3、そして先住民や所謂メスティソも少数ながら生活しています。やはりほとんどの国民はヨーロッパ系の白人であるとの自負が強く、アルベルト・フェルナンデス大統領も「メキシコ人はインディオから、ブラジル人はセルバ(ジャングル)から、アルゼンチン人は船でヨーロッパからやって来た。」と発言し内外からの批判を呼んでいました。また、こうした複雑な人種のるつぼ化の結果、アルゼンチンで用いられているスペイン語は語彙やイントネーション、動詞の活用に至るまで通常とは異なる特徴を備えたものとなっており、筆者を含め多くのスペイン語学習者を苦しめている状況です。食生活の面でもスペイン以上にイタリアの影響が色濃く、日常的な食事の定番はピザとパスタにジェラートです。宗教については大半の国民がカトリックを信仰しており、現ローマ教皇フランシスコもアルゼンチン出身*2) 2019年に市に昇格したチリのプエルト・ウィリアムズが現在では世界最南端の都市とされています。*3) 南米でブラジル、ペルーに次ぐ3番目の規模となる約6.5万人の日系人社会が存在します。*4) 元女優でフアン・ペロンの2番目の妻。慈善活動を精力的に行い、市民から熱狂的な支持を獲得しました。なお、フアンの3番目の妻イサベル・ペロンは、1974年にフアンが大統領在職中に死去した際に副大統領に就いていたことから世界初の女性大統領に昇格したことで知られます。*5) 故ネストル・キルチネル元大統領の妻。自身も夫の後継として2007年から2015年まで大統領を務めました。であることは有名です。他方で、一般市民のレベルではよりリベラルかつ合理主義的な考え方が浸透しており、特にジェンダーに関する問題には極めて敏感であるという印象があります。2020年12月には、教会や保守派の反対を押し切り、女性の権利確保の観点から長年の懸案であった人工中絶合法化法を成立させ、中南米では数少ない中絶合法化国の仲間入りをしました。バチカンとの関係はそれ以来微妙になってしまったとも言われますが、現政権は構わず教皇フランシスコの権威を借りた政治的アピールを続けています。紙面の都合上、政治体制に関する詳細な説明は捨象しますが、アルゼンチンを語る上でペロン党は切り離せない存在であると思います。エバ・ペロン(エビータ)夫人*4とともに労働者階級からカリスマ的な人気を誇ったフアン・ドミンゴ・ペロン元大統領により1946年に創設された正義党(通称ペロン党)は、現在では必ずしも確固たる政治的イデオロギーを有しない複数の派閥から成る連合体の様相を呈しているものの、依然として国民から根強い支持を受けており、現政権与党の立場にあります。マクリ前大統領は2015年に約15年ぶりの非ペロン党政権として誕生し開放経済を推進したことで注目されましたが、2018年からの深刻な経済危機を受け、国民は2019年の大統領選挙で再びペロン党を選択しました。現政権では、クリスティーナ・フェルナンデス副大統領*5率いる急進左派(キルチネル派)が強い影響力を有しており、アルベルト・フェルナンデス大統領を中心とする穏健派との分裂を回避できるか、また与党が昨年11月の中間選挙で過半数を失ったことから国会審議で野党の協力を得られるかが2023年次期大統領選挙に向けた今後の政権運営における焦点になると見られます。 3 終わりなきパンデミックアルゼンチンでは2020年3月3日に国内初の新型コロナウイルス感染者が確認された後、同月20日から大統領令に基づく強制隔離措置が施行され、事実上 ファイナンス 2022 Feb.51海外ウォッチャーFOREIGN WATCHER連載海外 ウォッチャー
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