ファイナンス 2022年1月号 No.674
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会の担い手である企業の戦略と意思決定に気候変動リスクを統合して主流化する仕組みを上手く作っていく点にあります。さらに、気候変動対策のための費用はもちろんコストですが、それがもたらす便益にも着目して政策を立てる、その必要があるという認識の広がりが大きな変化ではないかと思います。例えば、環境省、経済産業省の補助金を活用して天然ガスコージェネレーション(熱電併給)と再生可能エネルギーを組み合わせ、道の駅と周辺の住宅へのエネルギー供給を開始した千葉県睦沢町の事例を紹介します。供給開始後間もなく、台風15号の影響で停電になりましたが、防災拠点である道の駅を住民に開放し、電気と温水を供給し住民の生活を支えました。道の駅では電気や日常に必要なシャワーやトイレを使用することができ、800人以上の住民が道の駅を訪れたということです。これは温暖化対策として整備されたものですが、上手くほかの政策目的を実現する広範な効果を生んでいます。こういう政策が必要になると思いますし、評価されてきていると思います。11. 脱炭素に向かう根本的なインフラの 入れ替え、社会基盤の転換私たちは、今かつてない「変化」の中にあります。企業の気候変動問題への認識や気候変動対応が持つ意味合いもそうです。言い方を変えると、気候変動政策の位置付けが、単なる環境政策、エネルギー政策ではなく、産業政策としての意味合いも持ってきていると思います。社会や企業にとって最悪のシナリオは、想定していない変化に対応できず、社会が混乱すること、事業継続ができなくなってしまうということですので、先を見越して意志を持ち、戦略を持って変化に対応していただきたい、と企業には申し上げています。これは政策の側も同じで、脱炭素に向かう根本的なインフラの入れ替え、社会基盤の転換が必要です。中長期的な視点をもって、計画的に、スムーズな変革と移行を政策に期待しています。とりわけ、企業は足元で排出量の削減を求められるとともに、2050年カーボンニュートラルに整合するような中長期的なビジネスポートフォリオへの転換が求められています。先程、先進国はコロナからのグリーン・リカバリー政策で共通していると言いましたが、今、構築する、改修するインフラが2050年にも残るとすれば、しっかり2050年カーボンニュートラルと整合的なインフラとするための政策が必要です。12.日本にとっての2つの政策課題最後になりますが、横断的な日本の政策課題が2つあると思います。一つは、日本の技術力をいかに市場化するかという点です。日本は、太陽電池も含めてクリーンエネルギー技術の特許数は多いのですが、商業化となると、諸外国に比べてずっと数が少なくなっています。太陽光発電がまさにそうだったと思いますが、非常に高い技術力を持っていながら、その市場化に残念ながら成功しなかった例だと思います。もう一つの課題は、排出量を徐々に減らしながら、新しい技術開発にしっかり投資していただくためにどういう資金支援が可能か、トランジション・ファイナンスという政策課題です。これは非常に難しい課題で、新しい技術が開発できるかわからないにもかかわらず投資することは、企業にとって高いリスクの投資となります。排出量を徐々に減らしながら、新しい技術開発に投資する企業をどうやって支援していくか、金融機関に単にリスクを取ってくれ、というだけでは恐らく解決しない問題ではないかと思います。財政の支出だけではないと思いますが、そのリスクを分配する何らかの政策が必要だと思います。講師略歴高村 ゆかり(たかむら ゆかり)東京大学未来ビジョン研究センター教授1989年京都大学法学部卒業。1997年一橋大学大学院法学研究科博士課程単位修得退学。静岡大学助教授、龍谷大学教授、名古屋大学大学院教授、東京大学サステイナビリティ学連携研究機構(IR3S)教授などを経て現職。国際環境条約に関する法的問題、気候変動とエネルギーに関する法政策などを主な研究テーマとする。日本学術会議会員、再生可能エネルギー固定価格買取制度調達価格等算定委員会委員長、中央環境審議会会長、東京都環境審議会会長なども務める。官邸に設置された日本のパリ協定長期成長戦略を策定する懇談会や気候変動対策推進のための有識者会議の委員も務めた。『環境規制の現代的展開』(法律文化社)『気候変動政策のダイナミズム』(岩波書店)『気候変動と国際協調』(慈学社出版)など編著書多数。 ファイナンス 2022 Jan.80夏季職員トップセミナー 連載セミナー

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