ファイナンス 2022年1月号 No.674
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7.マイクロソフト社、アップル社の取り組みマイクロソフト社は2030年までにカーボンネガティブを実現する目標を掲げていますが、焦点はScope3(サプライチェーン、バリューチェーンからの排出量)の排出量です。既に自社の排出量は2025年頃までにゼロにできる見通しです。同社は今年から自社の取引企業選定プロセスにおいて、その候補となる企業にScope1、Scope2(自社事業からの排出量)に加えて、Scope3の排出量の提示を求め、それを基に取引先を決定するとしています。またアップル社は、2030年までに自社の事業はもちろん、製品のサプライチェーン、製品のライフサイクルからの排出量を正味ゼロにする目標と計画を昨年発表しました。同社は2015年から既に、2030年までに自社製品をすべて再生可能エネルギーで製造するようサプライヤーに対して要請しており、日本企業を含め、それに応える企業が増えています。8.日本のエネルギー政策に対する企業の危機感こうした動きがある中、昨年秋あたりから日本のエネルギー政策に対し、ものづくり企業からの危機感をもった声が聞かれるようになりました。2020年の「モビリティの構造変化と2030年以降に向けた自動車政策の方向性に関する検討会」(経済産業省)においては、モビィリティの電動化が世界的に進む中で、電動化によって走行時の排出量は減っても、自動車の製造時の排出量、ライフサイクルのCO2排出量は増える可能性がある。そのため、日本のエネルギーシステムが、より脱炭素、低炭素になり、再生可能エネルギーがコスト面で入手しやすいものにならないと、日本の産業競争力に大きな影響がある、という報告が日本企業からなされました。日本は、再生可能エネルギーが調達できないことで失われる恐れがある事業収益額が米国に次いで大きく、8兆円と推計されています。日本の場合、電力1kWhあたりのCO2排出量が先進国の中で最も高い国の一つであり、省エネ等でCO2を削減する努力をしても、その効果がなかなか出にくい電力システムになっています。9.金融が変わる、金融が変える企業の行動変化のひとつのドライバーが金融からの評価です。ESG投資額が大きくなり、そのためにも企業が気候変動リスクをしっかり分析して情報を開示するTCFD対応を求める動きが強くなっています。こうした情報を基に、金融機関・投資家から企業に対して「建設的対話」と言われる働きかけ=「エンゲージーメント」が行われます。さらには、気候変動関連の株主提案が株主総会に出され、機関投資家から相当の支持を得るようにもなっています。機関投資家や金融機関による国際的なイニシアチブである「Climate Action 100+」には日本の主だったアセットマネジメント会社も参加しています。特に、投資先として重要な世界の167の大排出企業(そのうち日本企業は10社)を対象に、TCFD勧告に沿った企業の情報開示や、経営陣のガバナンス、バリューチェーン全体に対する排出削減について集中的に働きかけています。それでは、なぜ金融が動くのか。それは、気候変動が、システミック・リスクとして金融市場そのものの安定性を脅かすものとして認識されたことによるものと理解しています。深刻化する気候変動の影響に加えて、本当にカーボンニュートラルに向かっていくとすれば、社会の大規模な構造転換が求められることとなり、この変化に企業がうまく対応できない場合には金融市場の安定性に対する懸念が生じます。現在、金融はネットゼロ、カーボンニュートラルに向かう動きを大きく加速しています。Net-Zero Banking Allianceという銀行のアライアンスが発足するなど、金融・投資家が2050年までに投融資ポートフォリオをネットゼロにする大きな動きが生まれています。2021年10月から英国でCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)が開催されますが、その注目点のひとつが金融・投資で、多くの投資家が注目する会議になるのではないかと思います。10.パリ協定後の気候変動政策の変化これまでの話を通じて、京都議定書の頃と比べてパリ協定採択後の気候変動政策がかなり変わってきたということをお感じになっているのではないでしょうか。気候変動政策の焦点は、ビジネス、つまり経済社79 ファイナンス 2022 Jan.連載セミナー

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