ファイナンス 2022年1月号 No.674
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信表明された時も、「これは実現可能な目標なのか?」という質問をよく受けました。答えはシンプルで、「今の気候変動対策の積み上げの先には、あるいは現在の社会の仕組みを大きく変えないままでは、決してたどり着かない目標」ということです。2.パリ協定の長期目標から見えるもの国際エネルギー機関(IEA)は、各国が予定する対策が実施された場合、2050年に世界の排出量は大きく増えることはなく、あまり減りもしない、という見通しを示しています。パリ協定の長期目標である2℃目標を十分下回る目標、だいたい1.7℃ぐらいで計算していますが、これを達成する想定の排出量の見通しとは、非常に大きなギャップがあります。1.5℃の場合では、さらに早く大きく減らすことになりますので、ギャップはより大きくなります。つまり、パリ協定の長期目標や2050年カーボンニュートラルという長期の目標は「達成が見込めるから立てた目標」ではありません。むしろ、現状の対策の積み上げのままでは達成できないので、「ありたい未来社会像」「社会のかたち」を先に描いたうえで、そこに向かって今の私たちの社会を近づけていくためのものです。どこに課題があるのか、どこにイノベーションが必要か、何をしなければいけないのか、ということを社会で共有して、そこに向けて政策を導入していくためのゴールでありビジョンです。多くのモデル分析が、今利用可能な技術だけではどうしても2050年カーボンニュートラルを実現する排出削減ができない、としています。モデルの想定によっても違いますが、何らかの新しい技術が必要で、そういう意味では、100%実現できる保証はありません。しかし、目標を明確に示すことで、イノベーションを含めて社会を変革していく、そのためのあらゆる政策を導入していく、そのためのゴールであると考えることが適切だと思います。3.各国の2030年目標の引き上げ菅総理が2021年4月に表明した2030年の目標は、温室効果ガス排出量を2013年度から46%削減し、さらに50%の高みに向けて挑戦を続けていく、というものです。これを受けて第6次エネルギー基本計画案、地球温暖化対策計画案をはじめ、様々な省庁の脱炭素、カーボンニュートラルに向けた政策の検討が同時並行的に進んでいます。2050年カーボンニュートラルは、先進主要国の共通した目標になっていますが、大きな焦点は、これを可能にする2030年の世界の削減の水準をいかに実現するかです。2030年の目標は2050年の目標に整合的なものにするため、いずれの主要先進国も、基準年は違いますが、ほぼ同じような水準の削減を目指しています。中国も2020年12月に2030年の目標引き上げを行っています。中国、インドは先進国とは異なり、経済活動あたりの排出の効率化や、一次エネルギー消費に占める非化石燃料の割合の拡大などを目標にしています。将来に向けてまだ排出が増える見通しの国は、絶対排出量の削減を目標にしにくい、という事情もあります。4.主要国の気候変動政策主要先進国に共通しているのは、コロナで傷んだ経済社会の復興策の中に気候変動や環境政策を盛り込んでいるということです。復興する過程の中で、より持続可能な脱炭素社会を構築するという考え方が共通しています。日本の「2050年カーボンニュートラルに伴うグリ-ン成長戦略」もそうした側面を有していると思いますが、EUの「グリーン・リカバリー」が典型的なものとしてよく紹介されています。EUから離脱した英国を含めて、インフラの脱炭素化・低炭素化に非常に大きな財政支出をしていることが共通しています。既存建築物の改築も含めた建築物対策、そして、交通システム、モビリティのゼロエミッション化やエネルギーの脱炭素化のためのインフラ整備です。企業が事業への気候変動リスクについてしっかり分析して情報開示するための指針、これを作成した作業部会の名をとってTCFD(Task Force on Climate-Related Financial Disclosures)とも呼ばれていますが、このTCFDに沿った情報開示の義務化の動きがあります。日本においては、コーポレートガバナンス・コード77 ファイナンス 2022 Jan.連載セミナー

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