ファイナンス 2022年1月号 No.674
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まり変わらず、2050年頃以降、排出量が減るシナリオが1つ、今以上に排出量が増えるシナリオが2つ、という計5つの排出経路を想定しています。今後急速に排出量を減らしていった場合、2080年~2100年の平均で、値に幅がありますが、中間値で1.5℃、また徐々に減らしていった場合では2℃を下回る水準に、それぞれ気温上昇を抑えることができる、という見通しです。一方、2050年頃まで排出量は減らずに、それ以降減っていくシナリオでは、2℃を優に超える気温上昇となります。排出量が増えていく残り2つのシナリオでは気温上昇はさらに高くなります。4.IPCC「1.5℃特別報告書」が示すものIPCCが2018年に公表した「1.5℃特別報告書」では、気温上昇が1.5℃の場合と2℃の場合とで影響にどのような違いが出るかについて知見をまとめています。この報告書によれば、「少なくとも5年に一回深刻な熱波を被る世界人口」は、1.5℃上昇の場合で14%、2℃上昇の場合では37%となり、0.5℃の違いによるインパクトは2.6倍です。また、生態系が提供する様々なサービス、特に食糧生産や漁業資源の漁獲に対する影響が大きいこともこの報告書の中で示されています。近年の様々な異常な気象、例えば、異常な降雨が、気温上昇を伴ってさらに大きくなる可能性を孕んでいますので、それに対応した防災・減災対策が必要となりますし、野放図な気温上昇を回避する方策を講じないと対応もできなくなります。そこで、気温上昇をできるだけ低い水準に抑えることが必要だという認識が、2018年頃からこうした科学の知見を踏まえて、社会的に、諸国家の間でも共有されるようになりました。1.5℃に気温上昇を抑えるためには、2050年頃にCO2排出を実質ゼロ、カーボンニュートラル(ネットゼロ)にするような水準で削減しなければならない、そういう規模とスピードの削減が必要だという科学的知見が示されたことが「1.5℃までに気温上昇を抑えよう、2050年までにカーボンニュートラルを実現しよう」とする社会の動きにつながっています。そのためには、温室効果ガスを排出する社会基盤を変えていくことが必要になります。エネルギー、建築物、交通を含むインフラ、産業など、あらゆる分野において、急速で広範囲な、かつてない規模での脱炭素、低排出に向けたトランスフォーメーションが必要となります。そのための政策も、それを実現するための投資・資金も必要であることを「1.5℃特別報告書」は示しています。Ⅱ. 2050年カーボンニュートラルに向かう世界1.カーボンニュートラルに向かう世界パリ協定(2015年)はその2条1において、その目的の一つに「工業化前と比して、世界の平均気温の上昇を2℃を十分下回る水準に抑制し(=2℃目標)、1.5℃までに抑制するよう努力する(=1.5℃の努力目標)」と定めています。現在、この1.5℃目標が事実上、世界の共通目標に格上げされた、と言ってよいかと思います。2020年10月の菅総理大臣の所信表明演説(「我が国は、2050年に、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」)は、世界の気候変動に対する危機感、そして科学に裏打ちされたものであると思います。前述のIPCCの知見は、1.5℃までに抑えるには2050年頃に「CO2」排出実質ゼロであるのに対して、日本の目標は「温室効果ガス」排出実質ゼロで厳密には違いますが、温室効果ガスの中でCO2が一番多く、ほぼ同義と考えてよいと思います。米国を含むG7先進主要国も2050年カーボンニュートラルの目標を共有しています。中国では、2020年9月に習近平国家主席が「遅くとも2060年までのカーボンニュートラル」を表明しました。すでに120か国を超える国とEUがこの目標を共有し、国もさることながら、企業もこうした方向に大きく動いています。パリ協定の目標が合意された時もそうでしたが、この目標は、これまでの行政や企業、特に日本の行政や企業のこれまでの考え方とは少し違う考え方での目標の設定だと思います。パリ協定の長期目標が合意された時も、菅総理が所 ファイナンス 2022 Jan.76夏季職員トップセミナー 連載セミナー

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