ファイナンス 2022年1月号 No.674
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黄金パスポート・ビザの問題に対処するに当たり、取り得るアプローチには、以下の三段階がある。まずは、現行のFATF基準の下、事業者のリスクベース・アプローチの中で、そのような国籍等の付与を行っている国からの顧客については高リスクとして、より厳格な顧客管理の対象とする、というものである*22。これは、現行制度を変えるコストを払うことなく、即ち民側にバーデン・シェアリングを負わせたまま、運用で解決しようというものであるが、対処療法に過ぎず当然ながら本質的な解決策ではない。現実問題としても、今後更に国籍等の付与を行う国が増えて来た場合、実務上も回らなくなる可能性があるだろう。第二段階のアプローチとして考えられるのは、FATF基準の中に、このような国籍等の野放図な付与を許容する投資誘致策を制限・適正化する勧告・有効性指標を設け、それを各国政府において実施することである。これは、黄金パスポート・ビザ問題をまずは官の側でアドレスすべき問題として、正面から認識することを意味する。しかし、これは従来のFATF基準の射程を大きく拡大するものであり、そのような制度の当事国を中心として、当然反発も予想される。そこで、更に第三段階としてそのようなFATF基準への取込みをバックアップするための、ハイレベルでの政治的コミットメントが必要となる。2021年6月、G7首脳は各国の法人税の最低税率を15%以上とするという歴史的合意を達成し、これは、同年10月にOECDにおいてより広範な国々をカバーする共通基準として敷衍された。黄金パスポート・ビザ問題は、国際的租税回避の問題とも一部重なるものであり*23、正にこのように強力なリーダーシップによって推進されるべき、次なる政策課題の一つと言えよう。日本は、このような経済的インセンティブに基づく国籍や居住権の付与を行っておらず、これらの制度を世界的に規制することにつき、純粋な正の動機を持つ国である。FATF、OECD、G7といった先進国主体の枠組みでは勿論、ASEAN+3や東アジア共同体等*24、日本が主導的立場を持つ地域的な政策協調の場においても、この点に関する議論を提起・牽引していくことが真摯に検討されても良いと思われる。*22) Due Diligence in Investment Migration - Current Applications and Trends & Best Approach and Minimum Standard Recommendations, Oxford Analytica, January 2020*23) Preventing Abuse of Residence by Investment Schemes to Circumvent the CRS, OECD Consultation Document, February 2018*24) 前者はASEAN10か国プラス日中韓3か国、後者は、これに更にインド、豪州、ニュージーランドを加えた枠組み。この黄金パスポート・ビザ問題は、それ自体として国際的な取組みが急務である課題であると同時に、地下資金対策の文脈において、興味深い観点を提示している。それは、この地下資金対策の分野が、伝統的な「マネロン規制」として想定されていたより遥かに広範で、かつ根深い問題を内包しているという点である。当然ながら、社会的実態の伴わない国籍・市民権付与が横行することは、付与する当事国は言うまでもなく、第三国にとっても国境管理上の問題を生じ、それは、安全保障・治安維持の観点からの懸念に直結する。そもそも、マネロンの文脈で収まる話ではない。他方で、国籍や市民権の付与は国家の基本的な権能の一つであり、国際的な調和化や規制といった観念からは最も縁遠いものである。しかし、現在の地下資金対策の要請は、そのような旧来の常識に再考を迫っている。それは、不正な資金の流れを捕捉しようとした時に、カネの流れをヒトと結び付ける必要性が出てくることの、当然の帰結とも言える。麻薬や銃器といったモノとは異なり、カネはそれ自体としては無色透明な存在である。それが合法か違法かを決するのは、ひとえにそのカネが渡っていくヒト、及びその彼らが有する意図に依拠している。犯罪者だけを追っていても成果が上がらない組織犯罪対策の中で、マネロン規制が開始された時の掛け声は「カネを追え(follow the money)!」であった。しかし、そのアプローチを完遂しようとした時、事は一周回って、結局カネの背後に隠れるヒトを暴くことが要求されることになるのである。本章で取り上げたBO、黄金パスポート・ビザ何れの問題についても、何度か「汚職」というキーワードが登場した。前章まででも述べた通り、見方によっては地下資金を生み出す最大の担い手は、実は国家・政府自身である。次章以降において、この地下資金対策の分野において最もコアな(しかし、余り正面からは語られない)テーマにつき、取り上げて行くこととする。※ 本稿に記した見解は筆者個人のものであり、所属する機関(財務省及びIMF)を代表するものではありません。 ファイナンス 2022 Jan.60還流する地下資金 ―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―連載還流する 地下資金

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