ファイナンス 2022年1月号 No.674
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(揶揄的)に「黄金パスポート(Golden Passport)」などとも呼ばれるが*11、上述のBOが法人の実態が隠匿される問題である一方、この黄金パスポートは、自然人の属性を隠匿するために悪用され得るメカニズムだ。これは、マルタへの一定額以上の投資等を条件として、本人及びその家族に容易な国籍取得を認めるものである*12。具体的には、一定の条件を満たす形で、不動産や株・債券等を合計して百万ユーロ前後の投資を行えば、実質的には居住実態がなくとも同国の国籍を取得することができる。この制度は、国に対して地理的にも血縁上も紐帯がない者にまで、便宜的な国籍取得を可能にするものとして、導入当初から国内外で批判を浴びていた。法的には国籍付与の資格審査として犯歴等のバックグラウンド・チェックが要件になるが、問題は、そのようなチェックが実際はザルであったり、場合によっては賄賂によってお目こぼしを受けていたりといった可能性が指摘されていた点である。現実問題としてマルタでは、他国において詐欺や脱税、そしてそれに絡むマネロンで捜査・訴追の対象となっている個人が、審査をかいくぐって国籍を取得したことが明らかになっている*13。パナマ文書と同国政府の汚職について調査していた最中に暗殺された同国ジャーナリスト、ダフネ・カルーアナ・ガリジア氏が、存命中にもう一つ追っていた対象が、他でもない、この黄金パスポート制度と政府の収賄を巡る闇であった。*11) Francisca Fernando, Jonathan Pampolina & Robin Sykes, Citizenship for Sale, Finance and Development, June 2021*12) Maltese Citizenship Act, Individual Investor Programme of the Republic of Malta, Regulations, Legal Notice 47 of 2014 (LN 47/2014)*13) Europe’s Golden Doors, Lack of Progress in Stopping the Criminal and Corrupt Accessing Europe via Golden Passport and Visas, Global Witness, March 2020*14) キプロスは南部をギリシャ系のキプロス共和国、北部をトルコ系の「北キプロス・トルコ共和国」が実効支配しているが、日本は後者を国家承認していないため、本稿でも単に「キプロス」と言えば前者のキプロス共和国を指すこととする。*15) Report from the Commissions to the European Parliament, the Council, the European Economic and Social Committee and the Committee of the Regions - Investor Citizenship and Residence Schemes in the European Union, European Commission, January 2019 Free Guide to Citizenship by Investment, CBI Citizen, March 2020*16) James Kleinfeld and Al Jazeera Investigative Unit, Cyprus’s Dirty Secrets, August 26, 2020この問題で批判されたEU加盟国としては、マルタ以外にもキプロス*14及びブルガリアがある。これら2か国については、ある一面においてこの問題が更に深刻と思われるが、それは両国が国籍申請の審査に当たり、北朝鮮・イランといった特定の要注意国の国民について、類型的に排除していないと見られるところにある*15。つまり、明確に国連制裁リストに名前が個別に掲載されている人物でない限りは、このような国の国民も自由にキプロス・ブルガリア国籍が取得できてしまう訳である。このように、黄金パスポート制度は、悪くすれば「国籍ロンダリング」とでも呼ぶべき行為を容認することになりかねない。悪意ある者は、表面的な属性により金融機関等のチェックをかいくぐることが容易になり、地下資金対策の観点からは大きな問題である。なお、マルタはシェンゲン協定に加盟しており、同国のパスポートがあれば欧州の多くの国には制約なく移動できる。加えて、これら3か国は日本との関係では全て短期査証(ビザ)免除対象国であり、6ヵ月以内であれば日本での滞在は基本的にかなり容易である。こうなると、問題は地下資金対策の文脈に留まらず、広く国境管理上の抜け穴と言うべきであろう。因みに、キプロスの黄金パスポート制度にまつわる不透明な実態については、中東の主要メディア・アルジャジーラが2020年以降、継続的に調査を行っており、そこでは同国が他国犯罪者への不法な国籍供与の温床になっている旨が報告されている*16。またアルジャジーラの記者が、有罪判決を受け国外逃亡中の中国人金満家、という架空の国籍申請者の代理人を装って実地で行った、政府高官や国会議員を含む対象への潜入取材の映像は、大手動画サイトでも無料公開されている(タイトル『The Cyprus Papers Undercover - Al Jazeera Investigations』)。地中海に浮かぶマルタ共和国の港(出典:Bengt Nyman, CC BY 3.0) ファイナンス 2022 Jan.58還流する地下資金 ―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―連載還流する 地下資金

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