ファイナンス 2022年1月号 No.674
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を巡る現状を、象徴するような存在でもある*5。BOを巡る取組みは国際的にも国内的にも鋭意進められているが、残念ながらその対象が余りに難題であるため、後述する通り、現在のFATF基準もそれに依拠した各国の施策もBOの実態把握という本丸には迫れておらず、当座の対応として外堀を埋める作業が果てしなく続けられているというのが、端的な現状の描写である。勿論、外堀を少しずつ埋めることも重要なのだが、その間に、最終的に目指す本丸の位置を忘れては元も子もない。議論の細論化はやむを得ないにせよ、折に触れ常に原点に立ち戻り、現状を全体の地図上に投影することも、意識的に継続していかなければならないだろう。さて、かかる本丸の所在を指摘する前に、まずは前提の確認である。BOの定義はFATFの用語集(Glossary)に記載されているが、要点は(1)最終的に自然人まで遡ること、(2)それが株式保有等の形式要件ではなく、究極的・実質的に当該法人をコントロールしていること(ultimate eective control)の2つであり、FATF基準においては勧告24・有効性指標5、及び関連ガイダンス*6を中心にカバーされている。FATF基準を踏まえた日本の法令に則して具体的に言えば、最も典型的である資本多数決法人について、まず第一段階としては議決権の保有関係で判断がなされる(図表3)。ここでは直接の議決権保有のみならず、間接保有関係までも解明する必要があり、この段階で既に相当の困難が伴う。しかし、そこから更に難しいのは、それらに当てはまる自然人がいない場合に、「出資、融資、取引その他の関係を通じて事業活動に支配的な影響を有する自然人がいるか」という、広範な実質判断が求められる*5) BOの議論は、信託等の法的取極についてもパラレルに存在するが(FATF勧告25)、本稿では簡明性を追求し、法人に限った形で記述する。*6) Transparency and Benecial Ownership, FATF Guidance, October 2014*7) 白井真人・芳賀恒人・渡邊雅之『マネー・ローンダリング 反社会的勢力 対策 ガイドブック~2018年金融庁ガイドラインへの実務対応』第一法規、2018年8月、P.158点である(図表中、網掛けの部分)。これは、議決権保有と違い、手間さえ惜しまず書類を確認していけば、最終的には確認が取れる、といったものですらない。議決権を全く持っていなくても該当する者が存在し得るし、形式的な肩書も関係ない。*7そのような実質判断を含むBOを確認するに当たっては、FATF基準もそれを受けた我が国の法令も、公開情報等の一般的情報源に加えて、主に、金融機関等の特定事業者を以って、BO情報のハブ機能を果たさせる、という発想に依拠している。つまり、これらの事業者が顧客管理の一環として取引相手方たる法人のBO情報を把握し、必要があれば、当局からの照会に応じられるようにする、というものである。この仕組みの大枠自体は合理的なものだが、問題は、提出された情報の正確性を本当の意味で調査・検証するという仕組みが、現状では我が国で存在しないばかりか、FATF基準においても求められていないことである。この点、必ずしも定型的な書類で裏付けが取れない実質判断は、あくまで法人の自己申告ベースによるしかないが、言うまでもなく、法人の形を悪用してマネ図表3:我が国の犯収法における、資本多数決法人に係る実質的支配者の判断フロー。網掛けの部分の実質判断は、実務上、特に困難を伴う。(白井・芳賀・渡邊(2018)*7をベースに、筆者作成)議決権の%超を直接・間接的に保有する自然人がいるか?①当該自然人    議決権の%超を直接・間接的に保有する自然人がいるか?②当該自然人   出資、融資、取引その他の関係を通じて事業活動に支配的な影響を有すると認められる自然人がいるか?③当該自然人④法人を代表し、その業務を執行する自然人※1%・%超の基準は、直接・間接保有の合計で判断。※2①・②に関しては、当該法人の事業経営を実質的に支配する意思又は能力を有していないことが明らかな場合を除く。※3国、地方公共団体、上場会社等が上記の「自然人」に該当する場合は、それらを自然人とみなして実質的支配者として扱う。 ファイナンス 2022 Jan.56還流する地下資金 ―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―連載還流する 地下資金

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