ファイナンス 2022年1月号 No.674
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性を確保する上において、決定的に重要である。官民の共働・分担という側面から争点となり得るイシューは多くある中で、本稿において特にこの、取引の相手方が「何者なのか」の特定を可能にするためのインフラ整備を問題として取り上げるのは、このような理解に基づくものである。これは本質的に困難な政策課題であって、国際社会全体が進むべき道を模索し、悪戦苦闘している。我が国のFATF基準に沿った制度整備は急務であるが、課題は本来それに留まるものではなく、日本としても将来的には国際標準自体の底上げを、むしろ牽引していかなければならない立場にある。2.ペーパー・カンパニーの支配者まずは、法人を株式保有その他の形態で背後からコントロールする、実質的支配者(BO:Beneficial Owners)の論点である*2。この言葉自体になじみがな*2) この点、実質的支配者の問題は法人以外の法的取極(信託等)についても存在し、現にFATF基準の内、勧告25は正にこの法的取極に係るものであるほか、有効性指標5においても法的取極が明示的に言及されているが、本稿においては、最も中心的である法人形態に限って論ずることとする。*3) Egmont Group - 世界の金融情報機関(FIU)の情報交換組織。*4) Concealment of Benecial Ownership, FATF, July 2018くとも、今や世界のあらゆる場所で、例えば違法行為や脱税・節税の隠れ蓑としてペーパー・カンパニーが使われており、また、複雑かつ重層的な支配関係の背後で、名前が表に出ない人物がその恩恵を被っているというのは、良く知られた事実であろう。BOの問題を抜きにしては、有効な地下資金対策は不可能と言って過言ではない程に、BOへの対策は中心的な問題の一つである。FATFとエグモント・グループ*3が公表している実例の一つとして、ロシアにおいて政治家が横領した公金を複数の企業を通じて横流し・隠匿していたケースがある(図表2)*4。ここでは、当該政治家の妻が設立し、また実質的支配者となっている複数の、そして多国籍に跨る企業がそのカネの流れに介在しており、このような支配構造の解明なくしては、事件の全容は決して明らかにならなかったと言える。他方でBOの問題は、技術論に没入し過ぎるが余り、ともすれば物事の本質が見失われがちな地下資金対策図表2:ロシアの汚職事件に係る法人の支配構造。政治家の妻を起点として、カネの移転及びそこからの不動産取引に関与した多国籍の会社が、設立や持ち株関係を通じ有機的に関連している。(FATF, 2018)© 2018 | FATF– Egmont Grouthe holder of the real estate. The transaction was conducted via an S.S. company – a French subsidiary of a Luxembourg S.D. SA., incorporated and owned by the same individual. Analysis showed that these two chains were interrelated and the real estate was purchased with the proceeds of public funds embezzled for the benefit of the state official’s wife. nd Shelf Companies 61. The 2014 FATF Guidance on Transparency and Beneficial Ownership defined shell companies to be “companies that are incorporated but which have no significant operations or related assets”33. The FATF’s 2013 report, Money Laundering and Terrorist Financing Vulnerabilities of Legal Professionals, used a similar definition34 in its description of the use of shell companies as a technique to place or layer illicit funds. As outlined in the 2013 report, shell companies can serve FATF, 2014: p. 6. FATF, 2013: p. 55. 55 ファイナンス 2022 Jan.連載還流する 地下資金

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