ファイナンス 2022年1月号 No.674
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を迎えた。(2) コロナ危機発生後におけるプロセスと その評価2020年3月以降、フランスもコロナ危機に見舞われ、経済雇用情勢が悪化する中で部分的失業制度に代表されるような足元の雇用関係を一時凍結する緊急対応策を取ることを迫られた。この時点で、失業保険制度改革については、丸ごと「棚上げ」することもあり得たが(そしてそれが労使代表の要求であったが)、政府はこれまでの改革路線を基本的には維持する姿勢を貫いた。2020年内には都合、三度の施行延期を行ったが、その際にもフランス政府の方針は、改革の根幹となる哲学はいじらず、状況に対応するためにいくつかのパラメータは修正する、というものだった。国務院が2020年末に「待った」をかけたこともあり、調整は越年し、政府は失業保険改革の修正に関する裁定を2021年3月に行った。その際には以下3つのパラメータ調整という譲歩を行った。・ 雇用指標条項:いくつかの改革項目について施行の条件として、雇用情勢に関する基準の充足を定めた雇用指標条項を導入。・ 手当減額の激変緩和:失業手当受給額計算方法の厳格化自体は推し進めるが、計算式の分母に含まれる未就労日の算入に上限を設けることにより、改正前後における手当減額に係る激変を緩和。・ ボーニュス・マリュス制度の事実上の施行延期:制度としては2021年7月1日からスタートするものの、実際に保険料の企業負担に傾斜が生じるのは2022年9月からとした。これら一連のプロセスを総合的にどのように評価できるであろうか。「改革を実施するという勇気を示したかっただけ」「右派共和党にメッセージを送った政治的なもの」と批判する声も一方であるが、現行制度には短期雇用の濫用などに代表される問題点があり、それを改めるという大方針は貫徹された。最後の局面では雇用情勢の好転という要因にも恵まれて、当初思*31) エドゥアール・フィリップ氏はもともと共和党(LR)所属であり保守の系譜に属する。2020年7月に首相を辞任したのち、ル・アーブル市長に就任。2021年に入ると著書「Impressions et lignes claires(感銘と明白な路線)」を上梓。2021年10月には新党「地平線(Horizons)」を設立し、その目的を2022年大統領選挙においてマクロン大統領の再選を支持するため、としている。2027年の大統領選挙を見据えた動きであるとする分析も多くみられるところである。い描いてきた改革内容から最小限の変更を柔軟に加えつつ、パッケージ全体の完全施行に漕ぎつけたといえよう。なお、蛇足めいているが、今回の改革パッケージの根本を定めている2019年7月の政令(デクレ)は、2022年11月までの時限立法となっている。今回の改革パッケージを制度として維持していく場合には政令(デクレ)の更新が必要となるが、2022年前半の大統領選挙を越えて、新たな大統領任期の始期に当たることに留意が必要である。(3)年金改革との比較ここでは深入りは避けるが、2019年後半からマクロン政権が本格的に取り組みかけた年金改革も、職域ごとの不平等を排し、現役時代の総報酬に応じた年金支給するという「公平性・普遍性」に重きを置いたマクロン候補の大統領選挙公約に改革エネルギーの淵源がある。したがって、改革の当初の理念は「ポイント制導入によるユニバーサルな制度」という一本柱だった。その後、フィリップ首相(当時)*31に代表される政権内右派の主張により、高齢者就労の促進や年金財政立て直しを目指す二本目の改革の柱として「均衡年齢の導入(実質的な受給開始年齢の引上げ)」が加わることとなったと言われている。制度の公平性確保という左派的な大統領個人の思いを起点としつつ、改革を進める中で、親ビジネス的な視点を含む、あるいは、保険財政の健全化を指向する改革事項が追加となる、という構図は、失業保険改革と類似している。しかしながら、年金改革は、2019年末から史上最長とも言われるストライキを引き起こし、2020年3月のコロナ危機発生に伴い「棚上げ」となり、少なくとも本稿執筆時点では「棚卸」とはなっていない。年金改革はフランスでは極端に不人気だという識者もおり、失業保険改革とは政治的反発のマグニチュードが異なったということかもしれないが、途中までの構図が類似していた二つの改革の現時点での到達点の違いは興味深い。39 ファイナンス 2022 Jan.SPOT

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