ファイナンス 2022年1月号 No.674
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働省は2021年11月18日に省令(アレテ)を公布し*27、これらの指標の好転を条件としていた、失業手当受給要件の厳格化にかかる改正(ロ、ハ)、高所得者の手当逓減の開始時点を本来予定していた受給6か月経過後(受給8か月経過後として7月1日に施行済み)とする改正(ホ)、の二点を2021年12月1日から施行することとした*28。このように、国務院*29の青信号と雇用情勢の好転を受けて、2017年の政権発足当初からフランス政府が取り組んできた失業保険改革の一連のパッケージはついに完全施行となったのである。*30ここまで長々と経緯や関係者の反応を含めて記述してきてしまったが、最初に政府がパッケージをまとめた2019年夏の姿から最終施行における姿への変更点は、要約してしまえば表5のとおりである。9失業保険改革全体に対する俯瞰的考察(小括にかえて)(1) コロナ危機発生前までのプロセスとその評価労働市場改革について、マクロン政権は5年任期の前半、すなわちコロナ危機前までの期間に、内容的にも速度的にも相当程度の成果を積み上げてきた。解雇*27) https://www.legifrance.gouv.fr/jorf/id/JORFTEXT000044345334#:~:text=Dans%20les%20r%C3%A9sum%C3%A9s-, Arr%C3%AAt%C3%A9%20du%2018%20novembre%202021%20fixant%20la%20date%20%C3%A0%20laquelle,travail%20cessent%20d'%C3%AAtre%20applicables*28) https://www.unedic.org/espace-presse/actualites/assurance-chomage-ce-qui-entre-en-vigueur-au-1er-decembre*29) 国務院(Conseil d’Etat)は公権力に対する勧告機能と行政最高裁判所としての裁判機能等を併せ持つ国家の機関。アンシャン・レジ-ム下の「国王顧問会議」が古い起源だとされるが、1799年、ナポレオンが「国務院」として設立したことが直接の起源となっている。1872年、第三共和制下で今日の構造が確立した。*30) なお、2021年3月の時点で労働組合は急速審理とは別途、失業保険改革の諸項目に関する実体審理を求めて国務院に提訴していた。2021年11月15日にはこの実体審理が開始された。国務院の判事が参考にするとされている公報告官(rapporteure publique)が意見陳述し、その中で労働組合側の請求を棄却すべきことを主張している。これを受けて、労働組合側が何かを勝ち取る可能性は低いのではないかと報道された(例えばhttps://www.lemonde.fr/politique/article/2021/11/16/assurance-chomage-le-conseil-d-etat-se-penche-sur-un-nouveau-recours_6102241_823448.html)。その後(2021年12月15日)、実際に、国務院は労働組合の主張を退ける判断を下した(https://www.legifrance.gouv.fr/ceta/id/CETATEXT000044505264?dateDecision=&dateVersement=&isAdvancedResult=&juridiction=CONSEIL_ETAT&juridiction=COURS_APPEL&juridiction=TRIBUNAL_ADMINISTATIF&juridiction=TRIBUNAL_CONFLIT&page=28&pageSize=10&query=*&searchField=ALL&searchProximity=&searchType=ALL&sortValue=DATE_DESC&tab_selection=cetat)。規制改革を中心に労働市場に柔軟性を加えつつ、雇用の質・量を向上させるためのセーフティネットを強化する総合的な取組みだったといえる。そうした一連の労働市場改革の重要な一角を占めるのが失業保険改革だった。マクロン大統領の当選時の公約に端を発しており、当初は受給資格者の拡大と企業負担分の保険料に雇用の期間等に応じて傾斜をかけるボーニュス・マリュス制度導入を柱とする左派的な内容だった。改革のプロセスを進める中で、短期雇用の濫用防止にかかる被用者サイドへのインセンティブ付けが必要との経営者サイドの声を聞いたこと、失業保険財政の健全性を維持しつつ左派的な柱の実現するためには合理化策による財源が必要であるとの政府内保守派の声を聞いたこと、などにより、改革のウイングは右派的な方向に広がった。労働組合はこうしたウイングの広がりに対して激しく反発を示したものの、結果として改革はより総合的でバランスの取れたものとなったと見ることも可能である。政府と労使代表の間でボールを投げ合う過程もあったものの、2019年7月には近年問題だと指摘されてきた制度まわりの論点をひととおり網羅した改革パッケージをまとめ上げ、同年11月には第一段階の施行(表5) コロナ危機発生に伴う失業保険改革項目への影響まとめ (2019年7月政令(デクレ)時点から最終的な施行における変更点)改革項目事項変更前最終変更後イ)ボーニュス・マリュス制度の導入施行日2021年1月1日2021年7月1日から参照期間開始(実際の保険料傾斜開始は2022年9月から)対象分野―対象7分野であってもいくつかの小セクターは除外ロ)失業手当受給要件の厳格化施行日2019年11月1日雇用指標条項充足により2021年12月1日施行ハ)受給資格の再充填の厳格化施行日2019年11月1日雇用指標条項充足により2021年12月1日施行ニ)失業手当支給額計算方法の厳格化施行日2020年4月1日2021年10月1日激変緩和措置―従来制度と比較した参照日額賃金減少幅を最大43%に制限ホ)高所得者の手当逓減制導入施行日(支給額逓減が開始する支給期間)2019年11月1日(支給期間6か月満了後以降)2021年7月1日暫定施行(支給期間8か月満了後以降)雇用指標条項の充足により2021年12月1日本格施行(支給期間6か月満了後以降)(出典)フランス政府公表資料より筆者作成 ファイナンス 2022 Jan.38コロナ危機下におけるフランスの制度改革の行方SPOT

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