ファイナンス 2022年1月号 No.674
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(3)経営者サイドの反応政府裁定後、経営者団体Medefのルー・ド・ベジュー会長は、新聞のインタビューに応え「我が国は比較的寛大な失業保険制度を持っており、それはいいことだ。しかし、とある部分は常軌を逸している。失業手当受給と就労の行き来をすることでより多くの収入を得ることができる場合がある。このあほらしい部分は改革に値する。この部分の改革について、我々は賛成だ。そして政府が全面施行を二つの失業関連の基準に条件付けたことは、いいセンスだ。」*13と語っている。経営者サイドにとって最大の懸案だったボーニュス・マリュス制度に関して、同会長は「政府の意図は理解するところだ。ただ問題は、キャベツとニンジンを比べようとしていることだ。これは何か月も何か月も言い続けてきたことだが、まあ、聞いてもらえなかったということだ。」*14と述べている。完全にこぶしを下ろすわけにはいかないものの、事実上の施行延期を受けて、ニュアンスは軟化しているように感じられる。以上の反応から透けて見えるように、この3月の政府裁定は、どちらかというと経営者有利/労働組合不利な裁定だったように思われる。5国務院、再び差し止める大手労働組合(CFDT、CGT、CFE-CGC、FO、Solidaires)は協働して、2021年5月中旬に改革の差止め請求を再び国務院に提出した。この請求に基づき、国務院の急速審理が開始された。*15約1か月後の6月22日に、国務院は失業手当額計*13) https://www.ouest-france.fr/economie/syndicats/medef/entretien-geoffroy-roux-de-bezieux-on-ne-peut-pas-transiger-avec-la-transition-ecologique-3e6f24c0-a6ac-11eb-8212-52cb95481cd2*14) https://www.medef.com/fr/actualites/il-faut-reconstruire-une-industrie-forte-en-france-et-en-europe*15) この時期、マクロン政権5年任期の前半に労働大臣を務めたペニコー前労働大臣(その後フランスのOECD大使)は独自の動きを見せる。2021年5月に彼女は著書を上梓し、その広報の一環として出演したテレビ番組において、「失業保険改革は、フィリップ政権の下、現在とはまったく異なったコンテクストの中で軌道に乗せられたものだ。」「多くの不確かさに包まれた、こんにちのような危機時と当時とは状況が異なる。」などと述べ、現政権が失業保険改革を貫徹しようとしていることを批判し、労働組合側の立場を取っている。失業保険改革の前半の展開の当事者であり、報道などでは「2020年夏の内閣改造では本人が望まない形で閣外に去った」などと言われている前大臣の批判的発言は興味深い。https://www.lesechos.fr/economie-france/social/assurance-chomage-le-soutien-surprise-de-lex-ministre-du-travail-aux-syndicats-1316654#:~:text=Les%20syndicats%20viennent%20de%20recevoir,%C3%A0%20compter%20du%201er%20juillet%20.*16) https://www.conseil-etat.fr/actualites/actualites/assurance-chomage-les-nouvelles-regles-de-calcul-de-l-allocation-sont-suspendues*17) なお、失業手当受給額計算方法の改正について、労働組合FOの請求により失業保険管理機構(Unédic)が行った調査によると、長期の病欠や出産・育児休暇を取得した人の場合、受給額が大幅に目減りするという結果が出ていた。政府はこれを踏まえて、こうしたやむを得ない離職期間における仮定の賃金額を代替的に算入する政令(デクレ)の再修正案を、国務院の上記急速審理が本格化する直前の6月9日に決定し、対応を図った。ただしそれでも、この対応が手当額決定のための賃金は「架空の(ctif)」ものであってはならないと規定する労働法典に反しているのではないかとの声が失業保険管理機構(Unédic)からも聞かれるところである。*18) https://travail-emploi.gouv.fr/IMG/pdf/cp_mtei_-_decision_du_conseil_d_etat_-_la_reforme_de_l_assurance_chomage_n_est_pas_remise_en_cause.pdf算方法の厳格化(ニ)の7月1日からの施行を差し止める判断を下した*16。理由は、現在の不安定な経済状況において、7月1日からに関する制度改正を施行することはできないというものだった。*17労働組合側は、そもそもは失業手当額計算方法の厳格化がもたらす個別事例間の不平等を標的としていた。政府案の下では、直近24ヵ月における就労期間と未就労期間の分散のあり方次第で4倍以上失業手当額が違ってくるなどの試算を提示し、改革の内容には実体的な問題があると訴えていたのである。一方、この2021年6月の国務院判断はこうした改革内容の実体的な部分に踏み込むことなく、経済状況に照らしてその時点では施行することは妥当ではない、と判示するものだった。この判断を受け、労働省はプレスリリースを発出した*18。そのタイトルは「国務院判断:失業保険改革に対する疑義は示されず」とされており、実体判断に踏み込まなかった点に焦点を当てて肯定的に捉えようとする姿勢があらわれている。その上で、プレスリリースの中では「国務院の延期判断は、施行のタイミングの観点からのみなされたものであり、新規則そのものに関するものではない。」「こんにち、経済は好調さを取り戻しつつある。雇用市場におけるシグナルは前向きなものであり、2021年の企業の新規採用予定は2019年の水準を超え、多くのセクターでは人手不足が生じている。」としつつ、最後は「政府の野心に変更はない。労働市場における不安定雇用を持続的に減少させ、新規に生まれる雇用の質を改善させることだ。こうしたことを、失業保険改革を通じて実現していく。」と結んでおり、差し止められてなお意気軒高である。35 ファイナンス 2022 Jan.SPOT

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